熊さん鑑賞は、恋か否か

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いやいやぁ…。 久しぶりにときめいた。 高校の時のバスケ部のエースにときめいて以来の、恋の到来。 それがあの、難攻不落の熊さんなんて。 凛は男女問わず、人と仲良くなる事が得意な人間だ。 子供からお年寄りまで、初対面でも楽しく会話出来るのが特技と言っても過言では無い。 接客を終えて、良く隣にいる同僚に「知り合いですか?」と聞かれる程。 けれどそれは、恋とはかけ離れた感情だからだ。 そもそも、淡い初恋レベルの恋しか知らない凛にとって、例え多田が話しやすい男だったとしても発展する事は難しい。 「…」 どうこうなろうとする事は無い。 でも、気になる。 もっと熊さんを知りたい。 「…明日は、会えないな」 明日は土曜日だ、納品は無い。 これまで当たり前だったその土曜日が、恋を知ればとたんに寂しく感じる。 「恐るべし、熊さん」 バスケ部のエースは笑顔の爽やかなイケメンだった。 よく喋る人気者で、皆に優しかった。 自分は王道のアイドルみたいな男性が好みだと思い込んでいたけれど。 喋らない笑わない、ついでにむちゃむちゃ大きい。 ジャンルが違いすぎてビックリだ。 一晩自分に正気かと問いかけながら過ごし、朝目覚めてやっぱり正気だと自覚した。 そうなると、熊さんのプライベートが気になる所で。 好きになったとは言え、特別なアプローチなんて絶対出来ない。 そもそも、熊さんお幾つかしら? 凛より年上なのは確かだと思う。 あの落ち着き方は20代じゃない。 となると、もう家庭があってもおかしくない。 「…見るだけなら、いいよね」 見て素敵だなって思うのは自由だもの。 しかし、恋に奥手な凛が自覚した恋。 まともに多田の顔が見れなくなってしまった。 伏し目がちな笑顔で元気に挨拶をするものの、顔をあげられないでいた。 多田は毎回ポケットに指を入れてお菓子をくれる。 凛はそれを両手で俯きながら貰うという、傍から見れば何とも仰々しいルーティンが出来上がった。 数回それを繰り返した時、 両手を差し出した凛の手に、ポトっと落ちてくる物が無かった。 (…あれ?) そろりと凛が顔を上げた。 無表情の多田が、凛の手の平の上でお菓子を摘んだまま凛をじっと見ていた。 「…迷惑、でしたか?」 ロボットの抑揚が言った。 はっと目を見開いてブンブンと首を振る凛。 みるみる耳が熱くなった。 「毎日美味しくいただいてますっ」 かあっと赤くなる頬。 …ぱちりと瞬きをする多田。 そのまま能面が、主人の言葉を理解しようと頑張る大型犬のような仕草でゆっくり首を傾げた。 凛は色白だ。 彼女の顔の赤みは多田にもはっきり見えていた。 「…」 「あの…下さい…」 バレる、バレるーっ。 変に思われると、凛の眉が八の字に下がり半泣きの顔でコショコショと囁いた。 ぽとり。 多田の指から、1口サイズのマドレーヌが凛の手の中に落ちる。 「…ありがとうございますっ」 ははーーっ、とお殿様の籠に頭を下げる平民の体で頭を下げ…小さめの身体を更に丸めた凛はくるんと回れ右で駆け出した。 もう、何をどう受け取っても不自然極まりない。 思春期か、とレジから一連の流れを見ていた新人君は心の中でツッコミを入れたのだった。
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