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 駅のホームに電車が入ると、開いた扉から飛び出していく。電車が随分のんびりと走ったお陰で、僕は秒単位の巻き返しを強いられていた。一番乗りでエスカレータに辿り着くと、段飛ばしで駆け上がっていく。  乱れた息を整えながら、チェックインカウンター脇のモニターで便名を探した。豪雨はフライト時間にも遅れを生じさせているようだ。  カウンターに歩み寄り、彼女がチェックイン済みであるかを確認しようとしたが、係員にやんわりと断られた。家族でもない限り、搭乗者の情報を教えることは出来ないのだそうだ。  ロビーを駆けずり回って待合席に座る人々の顔を確かめていくが、彼女の姿は一向にみつけられなかった。  待合フロアは広く、手あたり次第では捜し出せる保証もない。結局、保安検査場の手前で待つことにした。彼女がこれからゲートを通過するならば、呼び止めて少しくらいは話ができる筈だ。通過済みなら諦めるしかない。  多くの人が僕の脇を通り抜け、ゲートへと向かっていく。立ち止まっていると、濡れた服に体温を奪われていくのが分かった。  もしも彼女に会うことが出来たら、どんな風に声を掛けようか、そればかりを考えている。「向こうでも頑張って」では大事な気持ちは伝わらないし、「これまでありがとう」では僕から別れを切り出しているみたいだ。「僕が悪かった」と言って時間が巻き戻せるなら言っても良いが、僕に否があったとは思えないし、何よりもそんなことで解決するほど簡単な話ではないはずだ。  館内には搭乗案内のアナウンスが流れている。先程までは人も疎らだったチェックインカウンター前には、手荷物を預けようとする大勢の乗客が列を成していた。  その向こう側、下の階からエスカレータに運ばれてきた人影の中に、見覚えのある姿があった。  僕の頭の中で、ややこしい雑多なこだわりが霧散していく。  乗客の群れを避けながら、何度も誰かにぶつかりそうになりながら、すいませんを連呼しながら、僕は走った。見失わないように遠くを見据えて、見間違えなどでありませんようにと祈りながら。  距離が縮まるに連れ、もうフロア中を探し回る必要などないことを確信した。事態はまったく前に進んでいないにもかかわらず、それだけで胸を撫で下ろしてしまう。  彼女の横には大きなスーツケースが並んでいる。小柄な彼女なら湯を張って入浴することだって叶いそうな大きさだ。その大きさが、彼女が遠く離れていってしまうという事実に現実味を帯びさせる。  駆け寄ってくる僕に驚いた表情の彼女。僕は片手を上げてみせた。出来るだけ平静を装ったつもりだが、息が上がっていたせいで上手くはいかなかっただろう。  彼女は、久しぶりとも来てくれてありがとうとも言ってくれなかった。
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