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 相変わらず彼女はせかせかと先を急いだ。来た道をきっちり折り返し、どこにも寄り道せずに航空会社のカウンターエリアへと向かっている。チラチラと後ろを振り返って、何度も僕の姿を確認した。迷子センターに立ち寄るような時間の余裕はないらしい。  首を捻挫でもされたら大変なので、僕は一歩前に出て彼女と並んだ。手を繋いでみたい衝動に駆られ、手を振って僕の片手が自由であることをアピールしてみたが、その手が取られることはなかった。  折りたたみ傘とスーツケースで両手が塞がっているからだと信じたいが、たとえ塞がっていなかったとしても、僕の要求に応じてくれたかは疑問だ。何しろ、これまでに僕のそういった要求に応えてくれたことがなかったからだ。 「邪魔になるから捨てちゃえばいいのに」  脱いだ服を詰めこんだ買い物袋を指さして言う彼女の言葉には、聞こえなかったフリでやり過ごす。彼女にはただの濡れた服に見えているのだろうが、それぞれが僕の積み重ねた時間の産物だ。これらを買い揃えるまでに、一体どれだけの店を出たり入ったりしたのか分からない。 「ところで、忘れずに持ってきたでしょうね」  彼女のその言葉に、僕は首を傾げてみせる。何かを持ってきて欲しいと頼まれた覚えはなかった。僕の部屋に置きざりにされた彼女の持ち物を思い浮かべてみるが、それらしきものに心当たりはない。  強いて挙げるとすれば、半額づつ出し合って買った二人乗り自転車ぐらいだろうか。前後に配置されたサドル用にそれぞれハンドルとペダルが用意されているタンデム自転車と呼ばれる乗り物だ。  遊びに行った公園で貸し出されていたタンデム自転車に乗り、彼女はすっかり心を奪われてしまった。ハンドル操作さえしていれば、僕を動力源としてどこまででも風を切って進めるところが、特にお気に召したらしい。  僕が座った後部座席のハンドルは手を添えるだけの飾り物で、操舵やブレーキの機能はなかった。  普段使いもできるからと言って購入を提案された時には、僕は1ヶ月も検討に時間を掛けた。結局、僕が結論を伝える前に彼女が注文を済ませたことを知らされたので、反対する理由を書き連ねた僕のメモ書きは無駄になった。  必ず車道を走らなければならないという規則があることや、僕等が走っているのを指さして笑う通行人が大勢いたことで、すっかり駐輪場の置物と化している。僕のメモ書きには、その二つ以外にも沢山のデメリットが書き記されていた。  あの自転車を彼女が欲しいと言うなら喜んで差し出すし、空港まで乗って来ていると思っているなら、雨に濡れていた理由を聞いたりはしなかっただろう。 「なんのことだろう?」  首を傾げたままの僕が言う。それが何であれ、必要な物であれば後から送り届けることはできる。あくまで彼女に新居の住所を教えるつもりがあるのならという前提だが。  それよりも僕には聞いておくべきことがあった。
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