幸せの雫

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 大学生になった今じゃ、洗濯物が乾かないだの、折り畳み傘を探すのが面倒だの、文句ばかり垂れているが、野球少年団に入っていたころの僕は、雨が大好きだった。 「大切なものは全部持った?もう、帰ってこれないからね。ほら、早く行かないと」  母親に腕を引かれ、屋根に上る。いつもは青かった空が、今では一面夕焼けのように、紅く染まっている。屋根の上には円盤状の乗り物が浮いていて、梯子(はしご)が降ろされている。梯子の前まで来て、最後に我が家の屋根を撫でる。もう、これでお別れだ。行きたく、ないな…。  その瞬間、何やらボツボツという音が聞こえてきた。その音は次第に大きくなっていき、代わりに目の前の景色がどんどんフェードアウトしていって、ついに真っ暗になってしまった。    そして僕はもう一度、目を開けた。夢っていうのは、どうしてこう完結しないんだろう。いつも通りの、白い天井。やはり、さっきの音は気のせいではなかった。カーテンを開けると、まだ薄暗い空でもはっきりとわかるほど大きな雨粒が降りしきっている。窓に当たる雨粒の音が、なにより心地よかった。  幼い頃から野球が好きで仕方なくて、数年前に入団した野球少年団、最初は本当に楽しかった。でも、去年監督が変わってから練習もすごく厳しくなって、気づけば雨乞いする毎日だった。辞めようにも、数年間続けてきたことをスッパリ切れるほど、小学生の僕は意志が強くなかった。何のために野球をしているのか、自分でもわからなかった。 「あ、もう起きてたの。おはよう」  その時、母親が部屋のドアを開けて入ってきた。母親も先ほど起きたばかりらしく、まだパジャマのままだった。 「おはよ。なんか連絡来てた?」 「ああ、メール来てて、今日の練習中止だってさ。よかったね」 「やった…!」  思わずガッツポーズ。学校もないし、野球もない、こんな日はいつ振りだろうか。 「ゆう君に電話していい?」 「まだ朝早いから、朝ごはん食べ終わった後にしなさい」  今日は遊ぼう、遊ぼう。思い切り。それが小学生の僕にとって、小さくも一番大きな幸せだった。
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