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「いいのか?面倒くさいだろ?」
絶対に夏の暑さの所為じゃない汗を制服の下に隠し、出来る限り平常心を保ち、動揺していないような顔を作って芝崎を見た。
「背いたら後悔しそうな気がするから」
「背いたらって…芝崎らしくないな。本当にいいのか?」
「俺から誰かを気に掛けるのは初めてだから倉木がそうしたいならそうするよ。それに考えてみたら俺も倉木の行動が気になるわけだから、お互いにメリットしかないだろ?」
気になるからって芝崎の中でGPSは有りなのかよ。絶対に嫌だって言うと思っていた。
しかし痛くも痒くも無さそうな芝崎の表情が変わらないことで本気なんだとやっと理解し、自分の呼吸が速くなっていくのも同時に分かった。
これは芝崎がやらないと思ったから提案したことだ。監視したりされたりする経験は一切無いが、想像しただけで嫌だと思ってしまう。役作りの為だったのに…。
自分から言い出した事の展開に言葉を失っていると、目線を向けるように俺の顎を指で支えながら上げてきた。
「おかしいな。自分から提案しておいて、何をそんなに怯えたような表情をしてる?俺が提案を飲んだから倉木は嬉しいはずだけど」
目が合った芝崎の口元は薄く笑みを浮かべているように見えて、思わずごくりと唾を飲む。
芝崎に言われて自分が怯えた表情をしているのかと気付いた。なんでも受け入れてしまうような芝崎から感じるのは、そこまでして俺と付き合いたいのかという事だ。本当に俺のことを好きになった事が信じられない事が恐怖に感じているのかもしれない。
それにしても本当に困った事になった。逃げようと思ったら逃げ場を塞がれたどころか、逃げる手段すら失ってしまったと言っても過言では無い。
とりあえず嘘を通すしかないけど、この嘘を続けるのも無駄になってしまった…。
「怯えてないけど、まさかOK貰えると思わなくて…あまりにも意外すぎたから」
「ふーん。そうなんだ。俺から言わせてもらえば倉木がそういう考えだったのが意外だから、そういう風にわざと言って俺から離れたいんだと思ってた」
えっ………ば、バレて…。
大正解を投げてきた芝崎に絶望するように立てた作戦が一瞬にして全て崩れ落ちる音がした。
下手したら芝崎に見透かされてしまうと思っていたが、もしかして見透かした上でのOKだったり…するのか?どこまで勘が鋭い奴なんだ!
「動揺してるな。本当に俺から逃げようとか考えてたんだ」
不意を突かれて表情が崩れてしまったんだと急いで立て直すが、目の前の芝崎は疑ったように目を細めてきた。
「…違う。そんなんじゃない」
「それなら良かった。入れたアプリは絶対に消さないこと。消したら俺が気付くからな。もし消したら…」
「け、消したら…?」
「消した時に実践しながら身をもって教えてやるよ」
一瞬にして冷めた表情になった芝崎は悪魔のように口角を上げていて、今から恋人になろうとしている相手に悲鳴を出すところだった。
一体何をされるんだ…考えたくもない。結局消しても学校で会う羽目になるなら消さない方が良いに決まってる。けど、アプリを見る度に震えそうだ。
「それじゃ今から俺の彼氏が倉木ってことで良いよな」
「…はい」
「もう俺以外に目を向けたら浮気だよ。分かってる?」
「……分かってる」
満足そうに笑顔を浮かべる芝崎に首を縦に振るしかなかった。
こんな場所であっけなく恋人同士になってしまった。俺の作戦も全く意味が無かった…俺が芝崎に敵う未来はあるのか。
「電車の中で付き合うだなんてムードってものをどこに捨ててきたんだろうな」
芝崎も同じような事を思っていたようで、鼻で笑いながら呟いていた。
付き合ったのか…あの芝崎が恋人になってしまった。本当になってしまった。…が、やっぱり永遠に続くとは素直に思えないのが現状だ。恋人になってから振られる事を恐れていたが、ここまで来たら破局を目指して頑張るしかないのか。どんどんハードルが上がっていくな。
それに芝崎が俺に向けてくれている感情も時間が経てば分かって来るかもしれない。もしそれが本当なら芝崎に対して心を許す時が来るのか。
こんな気持ちで付き合ってもいいのかと思ったが、欲が出てビックウェーブに乗ったんだから今更か。俺に出来る足掻きと言えば…。
「芝崎、付き合うんだったら内緒にしないか。多分、っていうか、絶対に大騒ぎになる」
「…倉木がそうしたいなら別にいいけど。あいつらには言う?賢一は口は堅いけど、彰に言ったら速攻でバレるよ」
一瞬だけ言い淀んだように見えたが、あっさりと受け入れてくれた芝崎に胸を撫で下ろす。が、友達問題もあった。
そういえば黒羽は何故か俺と芝崎の関係を分かっている感じだったな。
「黒羽はいいけど、谷川には少しの間は内緒にしててくれないか。ちょっと可哀想だけど。金田は様子を見て言えそうなら言うよ」
「アイツはそういう奴だから仕方ない。逆に今の状況なら嘘吐かないと倉木が大損ってことになるし。金田に関しては任せる」
「分かった」
何事も無くこの件について話はついたが、実感が湧かない。当たり前のように話をしているが、秘密の恋人同士になったんだ。不安なはずなのに芝崎の事が好きなのは本当だからこそ心の隅で少しだけ嬉しさもある。
芝崎が本当に俺の事を好きだと分かった時の自分と、芝崎は遊び半分で俺と付き合ってみたいと分かった時の自分。どちらも心構えをしなければならないなんて…やっぱりキツイな。
そんな事を思っていると、誰にも見えないような位置で芝崎が手を繋いできた。そういう行為がいつまで経っても慣れないまま視線を下に向けると、絡ませるように繋いだ手は指の間にしっかりと入れ込まれていた。
「…芝崎」
「隠してるんだからいいだろ。それにもう恋人同士なんだし」
「だからって今じゃなくて良いだろ」
「なら選べ。今キスをするか手を繋ぐか」
「なんだって!?なんでその二択なんだよ?」
「俺が今倉木にキスしたいから。それも一度だけじゃ足りないくらい」
だから我慢して手を繋いでるんだと言っているように見えるし、芝崎の表情は笑みを含んでいて分かりやすく明るくなっていた。
何を恋人にかけるような事を言っているんだと思うが、俺と芝崎はそういう関係になったんだと再度自覚した。
「……手でいい」
そう言うしか無いが、見て分かるくらい笑顔になる芝崎が不覚にも可愛いかった。本来なら俺がするべき反応だと思うが、なんでこんなに嬉しそうなんだ。
これ以上知りたくないと思っていたのに、時間が進めば嫌でも芝崎の知らない一面をこうやって知ってしまうんだ。
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