2:トモダチやめる

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「…おはよ」 不意の出来事に声帯が震えた。ついでに手も震え始めた。芝崎の瞳に映っている自分の姿で現実味が更に増していく。 そしてゆっくりと電車が動き出した。今から四駅分だけ、芝崎との時間が過ごせる。芝崎が電車に乗り込んで来た事で、辺りに居た人の視線がひしひしと感じた。 本当に同じ高校の生徒が居ないか疑わしく思いながら周りを見渡すと、芝崎は真似するように一瞬だけ見渡した。この車両には本当に居なかった。もし隣の車両に居て、ここに来たらどうしようなんて考える。 その時は知らないフリして距離を離せばいいだけか。 芝崎は取ったワイヤレスイヤフォンを差し出しながら話し出した。 「何聞いてたの?」 「え、えーっと、REDWIMPS」 「レッドウィンプス?」 芝崎からイヤフォンを受け取ったついでに、片耳のワイヤレスイヤフォンを取ってケースに仕舞う。 車両の中央付近で横並びのお陰で、目線は窓の向こうに移した。良かった。顔見て話したら緩んでしまうかもしれない。 「知らない?男性アーティストなんだけど、最近映画の主題歌にもなってる」 「うん。知らないな。好きなの?」 「好きだよ。アルバムも持ってる。芝崎は好きなアーティストとか居るのか?」 「音楽一切聞かないんだよな」 「え、そうなんだ」 芝崎って音楽とか聞かないんだ。…っていうか意外と普通に会話出来てる。いや、身構えとくぞ。いつ煽って来るか分からない。不意打ちに毒舌を振りまくかもしれないし。 「じゃ、YUMIのCHA.R.RYは好き?」 「唐突だな…好きだけど。昔から有名な曲だし。芝崎は好きなの?」 何故かアーティスト名と曲名をセットで好きか問う芝崎に対し、不思議そうに聞き返す。 「…いや?全然」 そう答えた芝崎の声のトーンが暗くなった事を不審に思い、ちらりと盗み見するように顔色を確かめると、何故か不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。 え、なんで機嫌悪くなった?この一瞬で何があった? 「それより電車、間に合ったんだな」 芝崎の読めない変化に青ざめる思いだったが、すぐに話が切り替わった。特に気にした様子もなく声色も変わった事で、もしかして今のも弄ばれた?という事で解決した。 「…う、うん、間に合った。早く起きたから」 「じゃ、この為に早く起きたってこと?いつもはもっと遅いんだな」 「寝坊して約束破るような真似出来ないし」 正確には緊張で目が覚めたんだけどな。後は約束破るのは芝崎だと思った、なんて言えない。 どんどん建物の多い街並みに変わっていく窓の外の風景を眺めながら呟くと、突然視界は横から顔を覗かせた芝崎でいっぱいになる。 「それなら俺と仲良くなりたい倉木は、朝から俺と一緒に居れて嬉しいわけだ?」 弧を描くように口角を上げて見つめる芝崎にピシャリと固まってしまう。首を傾げて覗き込む芝崎は新鮮だったが、浮かべた笑みから読み取れるのは揶揄しているんだなということ。 来たぞ。煽りつつも美しい顔を近寄らせて俺の心臓を止めようとする作戦だろう。 「…それはそうだよ。友達になりたいわけだし」 スクールバックの持ち手を強く握り、とにかく偽る自分を崩さないように答えるが、それでも耐え切れなかった俺は視線を少し横に逸らした。そんな俺にどう思ったのか、芝崎は覗き込むのを止めて真正面に戻ると、「“友達”ね」と、強調するように呟いたのが聞こえた。
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