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俺の瞳をジッと見つめる芝崎。心臓の音が手から筆箱に伝って、バレるんじゃないかと思うくらい煩かった。
「…なに?」
なぜ手を離さない?そういう意味を込めて、芝崎を怪訝な表情で見つめる。それでも手を離す気配はなく、ついに折れた俺が先に目を逸らした。
こんなに芝崎の目を見つめた事なんて初めてだ。初めて喋った時は、状況も状況だけに会話を交わすのに必死で、目を合わすという意識も無かった。
「別にランク付けしてたわけじゃないから」
「はっ?……あ、そう…なのか」
口を開いた芝崎が何を言うかと耳を傾けていたが、話は戻って教室の出来事へ。拍子抜けしたような声が廊下に響く。
わざわざ否定しに来てくれた?誤解を解きたいみたいだ。……あぁ、クソ。何で芝崎に恋したんだと覆った気持ちがまた覆りそうだ。片思いで染み付いたシミは簡単に消えそうもなかった。だとしても論外だと言ったことに変わりはない。だから変に謝罪された方が余計に傷を抉る気がする。
「本当に気にしてないから。もうこの話しは終わろう」
「倉木はまだ同じ電車で帰ってんの?」
芝崎の声に目を見開いて、もう一度顔を上げた。
「何でそれを知ってるんだ?」
想定外の発言に耳を疑う。そんな芝崎は俺の発言に対し、訝しげに眉を寄せた。
「知ってるんじゃなくて、覚えてるの間違いだろ。初対面は電車の中だし、はっきり覚えてるよ」
なんだ、ちゃんと覚えていたんだ。
「入学式に向かう時の電車で俺が元カノとばったり会って、より戻して欲しいって揉めて、」
「…うん」
「執拗に迫ってきて、電車内だし困ってたら近くにいた倉木と目が合ってさ」
まるで楽しかった思い出を気軽に話すように口元に笑みを浮かべている。
俺だってあの時の事をはっきりと覚えていた。慣れない制服を身に纏い、入学式に向かっていたあの日。想定していた時間より早めに着いてしまうほど朝早い電車で、二駅過ぎた辺りで芝崎が乗り込んできた。目を見張るほど芝崎の美しい容姿に目を奪われてしまった。
芝崎の周りがキラキラと輝いても見え、男女問わず、周囲も俺と同じように芝崎に夢中になって騒めきすら起きるほど。ここまでくると、神々しく思えてしまうほどの美形だった。
俺と同じ制服で、こんな人が同じ学校にいたら、とんでもない人気者になるだろうと確信していた。
そんな事を思っていると、他校の制服を着た女の子が、「ひぃ君!」と、血相を変えて近づいてきたのが見えた。
ひーくん?美形のあだ名かな。
すぐ隣に居た二人の会話は、盗み聞きなんてしてはいけないと分かっていても聞こえてしまう。耳を傾けると、「やっと会えた」「私から別れようって言ったけど…やっぱり、よりを戻して」と言い寄っていた。話の内容から、付き合っていた同士だろうと想像する。
「俺はどれだけ振り回されないといけないんだよ。それに今何処に居るのか連絡し合うのはいいけど、それを写真まで撮る事を要求した上に俺の友達に確認する真似は無いだろ。…お互いに限界だったんだよ」
「だって…色んな人が、ひぃ君を見てるんだよ?不安で仕方なかった!私はこんな人間じゃ無かったんだよ?ひぃ君と付き合って過剰になってしまったの!でもやっぱり、ひぃ君じゃなきゃ嫌だ」
頭を横に振る元カノらしき人に、美形は小さく溜息を吐く。
元カノさんに同情するわけではないが、こんな美形と付き合ってたら不安にもなるだろ。
すると、その時に視線をずらした美形と初めて目が合った。俺の制服を確認すると、困惑した表情を浮かべて肩を竦める。その仕草を俺に向けていると思うと、心臓がかつてない程にドキッと高鳴った。
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