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お互いに目が合う事が許されると、その度に美形は困惑を保ったまま視線をこちらへ向けてくる。
何だ。俺も目が離せられない。目が合うたびに胸がギュッと締めつけられるような………やめろ、何考えてるんだ。相手は男だぞ。
すると、ガタンと電車が揺れた拍子に距離が縮まってしまった。体が揺れ、美形の肩に自分の体が少しだけ触れそうになった所で、足を踏ん張って耐える。
ダメだ。ダメだダメだ。今触れたらマズイ。この前触れは身に覚えがある。言葉にしづらい…いや、してはいけない気がする。
俺は呼吸が早くなるのを落ち着かせるように周囲を見渡すと、きっと俺と同じ目で美形を見てる事に気づいた。
俺が落ちやすいわけではない。宝石のように輝き、同性だという事を忘れてしまうほど惹かれ、少しの仕草ですら感情が揺さぶられる目の前の男が魅力的すぎるんだ。
すると、彼女が苦しげな表情で顔を俯けた隙を見て、「たすけて」と、美形が声を出さずに口を動かして訴えてきたのが分かり、違う意味で心臓が速まる。
“たすけて”だって?相手どころか、美形の素性も知らないのに、どうやって助けたらいいんだ。
すると、必死に縋りついていた元カノさんの表情が変わったと思えば、とんでもない事を口にした。
「じゃ、いい。でも、最後にもう一回抱いてよ。そしたら諦めるから」…と、恥ずかしげもなく告げた言葉に、俺はマジかよと言いたげに目を丸くする。
冷や汗が出たまま美形の顔を見つめるが、そんなことを言われても何てことない顔付きのままだ。すると、美形はゆっくりと元カノさんの耳元に顔を寄せ、隣に立っていた俺が微かに聞こえるくらい声で囁いた。
「それで?一回抱かれてどうすんの?ゴムに穴でも開ける?」
そんな事を言い出した美形に更にギョッとするが、顔へ寄った美形の横顔が、ギクッとするほど冷たい表情を浮かべていたのだ。
呆れて興ざめしたような美形の横顔も絵になるが、助けるということも忘れるくらい怖かった。
すると、元カノさんは、「は?ゴム?」と、眉間に皺を寄せて呟く。
「意味分からなかったか?スキン。コンドームのこと」
「ゴムの意味を聞いてるんじゃないの!そういう風に私のこと見てたの?最低」
「一回だけとか、所詮そのくらいの思いだったかって思ったからな。ま、そんな事を俺が言っても、より戻すつもりもないけど」
美形は冷たく突き放すような事をぶつけていた。すると、俯いた元カノさんの肩が小さく揺れ始めている事に気付く。
あぁ…泣いてる?
その様子に美形は気付き、憂鬱そうな表情のまま深く溜息を吐いた。
「はぁ、分かったよ。一回だけだから。これでもう終わりな」
俺は思わず「え」と、声が出た。この男の性分なのか、謎の優しさを向けたのだ。
気が付けば、俺は自分から触りたくないと思っていたのに、咄嗟に美形の腕を掴んでいた。それでも美形を止めようと、自分の中で見切りがついてしまっていたのだ。
俺の行為に二人は驚いた顔のまま此方へ視線を向けた。
「自分を安売りするのは、あまり良くないんじゃ…」
息が詰まりそうな空気の中、ボソッと自分の気持ちが小さくこぼれる。美形の腕を掴んでしまったが、二人に話が通じるくらい共通した言葉になってしまった。此方へ視線を向けていた二人の表情が、次第に曇り始める。
俺は一体何を…助けるどころか、説教じみた事を言ってしまった。
「……安売り?」
始めに返答をしたのは美形だった。見上げると、歪んだ顔と眉間に皺を寄せていて、不快だと言いたげに見えた。こんな言葉を求めてたわけじゃない、と。
「っ…失礼します!」
俺は高校の最寄りではなく、たまたま停車した駅で逃げるように降りた。
きっと相手からの印象は最悪で、高校入学式当日に何をやらかしてんだと思っただけではない。クラスを確認して教室に入ると、あの男がいるではないか。
当時の事を振り返ると、目の前にいる芝崎が論外と言いたくなる理由も分かる。
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