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「あと、“安売り”な。安売りなんて言われたの初めてだった。俺は助けを求めたはずなんだけどな。あの後、倉木のとばっちりも俺に来るし?最高の地獄だったよ」
目の前の芝崎の言葉で現実に戻る。右口角を上げて、嫌味っぽく強調する。きっと俺は見る見るうちに青ざめているんだろう。
「あの時は…余計な事を言って本当ごめん」
申し訳なさそうに眉尻を下げると、やっと向こうは筆箱から手を離してくれた。すると、芝崎は俺の顔を凝視していて、少しずつ近付いて来る。もちろん、ある程度の距離を保たないと死んでしまうので…特に心臓が。なので、芝崎が近づくと共に少しずつ後退る。
「急に、どうした」
「へぇ、そんな顔出来るんだな」
「そんな顔?どんな顔?」
「ごめんなさいって感じの顔。クラスで一番読めないなと思ってたから」
芝崎からそんな感じに見えてたのか?論外なのに?
「…俺が論外だからじゃないか」
嫌味っぽく言い返す訳ではないが、自然と出てしまった言葉だった。
「そうだな」と、笑顔を浮かべながら遠慮なく認める芝崎。自分で言った言葉なのに芝崎の口から直接聞くのは、やはりキツイ。
「それに、まだ倉木のこと何も知らないのに、好き嫌いだなんて決めるのもなと思ってさ。だから、論外。それに倉木だって俺のこと論外なら、お互い様だし」
そういえば勢いでそんなことを言ってしまったが、論外どころか俺の中心辺りにずっと居るんだけどな。
それにしても好き嫌い判断が出来ないと論外って発想も何か無理矢理な気もするが。
今更だけど、芝崎って意外と変わってるかも。見た目から好きになってしまったからな。あと前の元カノさんの件もそうだが、少し棘のある言い方が多い。ちょっとムッとするけど…今の所、嫌いになれそうもない。いま話してるだけでも嬉しいし。惚れた弱みというやつか。
それに俺のことを読めないと言っていたが、電車で不快感を露わにした芝崎が過ぎるから今の芝崎の笑顔も作っているように見える。…何考えているのか読めないのは芝崎だ。
「俺は別に論外だなんて思ってない。あれは…言い過ぎた」
恋愛感情抜きにしても、一年間同じクラスメイトとして同じ空間に居るわけだし。そういう気持ちを込めて正直に伝える。
「なんだ。思ってねーの?なら、俺の論外って言葉も言い過ぎって思ったって事か」
「改めると言われても仕方ないと思ってる。けど、芝崎に言われて傷ついてないわけでは無いから」
「なにそれ。傷付くほど俺への思いとか情があったみたいな言い方」
「あー……それは…仲良く…なれればなと」
仲良くなれればだって?小学生か?そんな事思ってもない!可能性が無いのなんて分かってるんだよ。誤魔化そうと思ったら、変に踏み込むような返しをしてしまった。マズイ。
焦りが滲み出てしまった所為で、余計に口籠ってしまう。そんな俺をきょとんとした顔で不思議そうに覗き込んだ芝崎は、遠くを見て何か考え込むように呟いた。
「ふーん。倉木は俺と仲良くなりたいのか。……じゃ、“トモダチ”になる?」
まさか芝崎がそんな提案をするとは思わず、衝撃で口を開けたまま固まってしまった。芝崎はどうってことないって顔で俺を見つめている。
芝崎がそんな事を言ってくるなんて思いもしないだろ!しかも一番なりたくないポジションきた。それが一番辛い。隣で恋人出来るのを見守るんだろ?俺はうまく見送る自信は無い。
「は、い、や…それは…ほら、俺は金田(かねだ)とつるんでるけど、いきなり芝崎のグループとつるんだら変だろ?芝崎は人気者だし、今周りにこの光景を見られただけで、質問責めにあうと思う。だから今の発言は無かったことにしよ」
「そう言われると思って、俺に提案があるんだけど」
「……提案」
俺の発言を見越していたのか、ニヤリと笑う芝崎に冷や汗が出る。
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