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5:加速する恋
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秒で無くなったと言ってもいいかもしれない。
「ごちそうさまでした」
あまりの美味さに全員で礼儀正しく飯を食い終えた。
谷川のお母さんが作ってくれた冷やし素麺と天ぷらの相性は最高だった。天ぷらなんて何個でもいけそうなくらい美味しくて、お店で出しても通用するくらいだ。
トマトの天ぷらってあんなに美味しいのか。他の野菜の天ぷらも美味しかった。ここまでくると感動する。後で谷川のお母さんにちゃんと伝えなければ…。
「よっしゃー、食べたな!じゃ、庭に移動しようぜー。少ししか無いけど花火しよー!」
「少し明るいけど良い感じに日が落ちてきたしな」
「やったー!」
テンションの上がってる谷川、外の様子を眺める黒羽と、その横で嬉しそうに麻琴君がピョンピョン飛び跳ねていた。麻琴君は谷川と似て誰とでも仲良くなれるようで、ここに居るのも馴染んでいた。そして黒羽と麻琴君の仲も更に良くなってるし、コミュ力高い奴は次元が違うな。
金田も金田で満更でも無いくらいゲームと料理を堪能していて、なんだかんだ楽しそうで良かった。
…で、問題の芝崎聖だ。
そもそもの話だが、まさか芝崎、黒羽、谷川と一緒に飯を食う時が来るとは思わなかったから面子が新鮮すぎた。
特に芝崎が冷やし素麺を食べる姿は何処の会社のCMですか?と言いたいくらい爽やかだったけど、それは置いといて。
「倉木の中の『芝崎の好きなものリスト』に追加出来て良かったね」…そう言った芝崎の笑みが嫌味ったらしくて仕方なかった。なんなら俺の好きに協力しようと言ってるみたいだ。
俺の事を飽きるどころか恋愛感情で見てるってことも信じられない。なのに俺はそんな芝崎に嬉しさを滲ませていることは隠しようが無かった。
この問題をまとめると…芝崎が冗談で言っていた付き合うって話は本当で、俺らは両想いだから付き合うべきだってこと?
……無理に決まってる!あの芝崎と付き合うだって!?俺が「付き合う」って返事したら芝崎が彼氏になるってこと!?無理無理!血圧やら心臓が限界突破して死を迎える!
またビッグウェーブに乗って実は揶揄ってただけでしたというオチで痛い目に遭うのはイヤだ。それなのに芝崎は首根っこ掴んでビッグウェーブに無理矢理引き戻そうとしてくる。
まさか片想いしていた時の方が良かったって考えになると思わなかった。これなら片想いの方がマシだ。
どうするべきか。このままだと、またもやビッグウェーブに乗る選択を選んでしまう……いや、待てよ。芝崎が俺にビッグウェーブに乗る意欲を無くせばいいのか。そうなる為には俺が芝崎に顔も見たくないと思われるくらい嫌われ、見放される行動を取ればいいんだ!
その時に芝崎と初対面の時に居た元カノを思い出した。確かあの人は芝崎に執着し、縛るような真似をしていた。芝崎はそれを面倒臭いと嫌気を差していたから、俺も同じくらい面倒臭い姿を演じればいいのか。
これで愛想を尽かして距離を取ってくれれば…。
「おーい、倉木ー!花火!」
谷川の声にハッとし、顔を上げる。
「あ、悪い!」
頭の中で考え事をしながら無意識に皆の後ろをついて行ってたみたいで、気が付けば広い庭に辿り着いていた。
今日の帰りに話すついでに演じてみるか。今は楽しみにしてた花火の事だけを考えよう。
既に盛り上がるような声と目の端でパチパチと音を立てて光っているものが見えた。
麻琴君から谷川、谷川から黒羽、黒羽から金田の順で火がついていて、花火を楽しんでいた。
そして金田が火を分けてくれたことで、俺のテンションが一気に上がってしまった。
流れ的に芝崎の火を俺が付けに行くのかと芝崎を探すように横を見ると、すぐ側に芝崎が花火を持って俺を見ていた。
「…どうぞ」
「どーも」
ぎこちなく芝崎の持っている花火に火を付けると、じんわりと弾けるように火花が出た。
「後一回分くらいあるから、皆各自で取ってくれよー!」
蝉の鳴く音が落ち着いてきた夕暮れと微かに聞こえる風鈴の音のなか、谷川の声掛けに「はーい」と呑気な声が庭に響いた。
暑さのせいで少しだけ風が吹いても生温いけど、好きな花火を持って囲むだけで気持ちが高揚してきた。幼少期から花火を持つと、いつも同じ気持ちになる。だから目の前にいる好きな人と花火を出来ると思ってなかった。しかも今年初花火だ。…俺、贅沢な夏の青春を味わってる真っ最中だな。
「倉木、俺の分の花火も一緒に使っていいよ」
隣に居た芝崎が花火に目を向けながら声を掛けてきた内容に目を見開いた。
「え!?やらないのか?」
「うん、俺はもういい」
「え、勿体無い。いいのか?遠慮なく使うぞ」
俺の持っていた花火が勢いを落とし、次の花火に移れる時だった。芝崎の花火も勢いを落としてきて、それでも「いいよ」と後押ししてきた。
芝崎に「なら取って来る」と返し、谷川から火と共に花火を貰ってきた。
花火がどれくらい好きかと言うと、手持ち花火なら最後に火花が弱まって散ってしまう瞬間が寂しく思えるくらい好きだ。
だから花火を沢山出来るのは嬉しいが、あの芝崎が俺に譲るってことは、あまり花火に興味は無いんだな。
本当に貰っていいのか心配になり、定位置のように芝崎の隣に今から火をつける予定の花火を片手に持ってきた。
「本当に貰っていいんだよな?俺が使うよ?」
「いいって。そんなに譲るの珍しいか?」
「……譲った代わり何かしろとか言ってきそうだから」
「へぇ、それは良い提案だな。何させようかな」
ニコッと爽やかな笑顔を向けた芝崎だが、俺には悪魔が笑ったようにしか見えなかった。サッと血の気が引く思いで「最低だ!やっぱり返す!」と片手に持っていた花火を芝崎の前に突き出すが、「はは、冗談だよ」なんて言いながら笑っていた。
冗談すら信じられないくらい芝崎の思考が恐ろしく感じるな…。
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