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とりあえず芝崎の言葉を信じて、まだ火が付いていた谷川から火を貰いに行く。別に戻らなくてもいいのに、少し距離を取る芝崎の隣へと自然と戻ってしまった。
「花火が出来て良かったな」
「まぁ、花火が好きだからな」
「それだけ?好きな奴と好きな花火出来てるから、そんなに嬉しそうだと思ってた」
ギクッとしながら芝崎を見ると、ムカつくくらい満面の笑みを浮かべていた。自然と表情が訝しげになっていくのが自分でも分かるくらい歪んでいる気がする。
「さぁな。知らない」
今のは言い返しても向こうの方が上手だと分かっていた。不貞腐れるように蹲み込むと、芝崎も同じように隣に腰を下ろしてきた。
「なんでそんなに花火が好き?何か理由でもあるの?」
「あると言えばあるけど…」
俺の片想いをイジってくるのかと構えていたら話が逸れて胸を撫で下ろしていると、次は俺が花火を好きになったきっかけが知りたいみたいだ。
ただ、その話をするのに躊躇してしまうくらいの内容なんだが…。
縮んでいく手持ち花火の最後の火花を見送ったのを見ていた芝崎は「そんなに言いたくなさそうにしてたら余計に聞きたい」と言いながら俺の様子に気付いていた。
「そこまで面白い話じゃないぞ。しかも長いし」
「時間はいくらでもあるし、面白くないかどうかは俺が決めるから遠慮なく話していいよ」
悪戯を楽しむように期待した芝崎を横目で軽く睨んだ。
自分の意見が通るのは当たり前な芝崎の王様っぷりに勝てる気がしない。
いつも終わってしまうのが寂しかった花火は、芝崎の答えろと言わんばかりの強い視線で掻き消されてしまうほどだ。
『友達になりたいんだよな?なら俺も倉木の事をもっと知りたい』
そういえば、前もこういう事があった。芝崎が知りたいと言っていた事は嘘じゃないのか。俺の話をわざわざ聞きたがるなんて…なんか…芝崎が言ってた事は本当なんじゃないかって思ってきた。
……………ほら見ろ!こうやって俺みたいな奴が調子に乗るんだよ。んなわけあるか。騙されるな。
頭の中で自分に喝を入れ、小さく溜息を吐いた後に幼稚園の頃の記憶を思い出した。
「俺が幼稚園の頃、家族で隣町の花火大会に人生で初めて行った時の話なんだけど、その時に屋台で電源を押すとキラキラ光るスティックに釘付けになってさ。ただ射的で標的に当てないと貰えないゲーム方式で…分かるか?」
話すと言ったものの、芝崎の反応が気になって問うついでに確認するが「やった事ないけど、分かるよ」と、俺に目線を寄越しながら返ってきて少しだけ安堵する。
「欲しいと親父におねだりしたら喜んで張り切ったみたいで、何回か外しても取ってくれたんだよ。今思えばおもちゃ屋さんに行けばキラキラ光るスティックなんていっぱいあるけど、あの時は本当に取ってくれたのが嬉しくて飛び上がるほど喜んでさ」
「ふっ…なにそのほっこりする話。倉木のお父さんも喜んでただろ」
「めちゃくちゃな。親父は昔も今も俺への接し方が変わらなくて全力なんだよ。もう高校生だし男なのに、学校は一人で行けるか?お父さんは心配だ。とか、変な奴に絡まれてないか?何かあったらお父さんに言いなさい、とか気にしすぎなんだよ」
「はは、倉木のお父さん面白い。それくらい倉木が可愛いって言いたいんだろ」
何を思ったのか。俺の目を見て話を聞く芝崎の口角が上がったのが見えた。
見たことない表情だ。揶揄った笑いっていうより…微笑んでいた。その微笑みは過去の自分に向けてくれているようで、そんな一面もあるのかと思うと不覚にもときめいてしまった。
「で、変な奴に絡まれてるってのは何て答えたの?」
「…別に何も無いって答えてるけど。なんだ、なにか心当たりがあるのか」
俺だってやられてばっかりじゃないぞ、という気持ちで言い返してやった。
「お父さんに正直に言えばいいのに」
「え。な、なにをだよ?」
「片想いしてる人に絡まれてて、ついでに両想いだったって」
落ちた夕焼けをバックに右口角を上げた芝崎がやけに絵になって、目を細めて見つめる芝崎の熱い視線にひっくり返りそうになった。
クソッ…やり返された。しかも両想いって…このまま芝崎と目を合わせていると全部引っ張られそうだ。
俺は意識を過去の自分へと戻し、目線を使い切った花火に移して話を続けた。
「そんなこと親父に言ったら本当にうるさいから言わない。…話を戻すけど、それから親父から買ってもらったキラキラしたスティックをずっと手に持ってたんだけど、花火が見える場所まで移動してる時に人がいっぱいいた中で落としてしまって、見つけた時には踏みつけられて壊れててさ、俺はギャン泣きで」
せっかく親父が取ってくれた嬉しさと、キラキラと光るスティックが一瞬にして無くなった悲しみは今でも覚えている。
「母さんが今度新しいの買ってやるからって言ってもダメ。親父が花火終わって射的屋さんやってるなら取ってやるからって言っても涙は引かないままで、そんな時に親父が、もっと凄いの見せてやる!って夜空を指差したんだよ」
親父の言葉に釣られて涙で視界が歪んだまま上を向いたが、一体何があるんだと言う気持ちが涙を止めていた。
「その時に親父が、俊太には黙ってたけど、お父さんは魔法使いなんだよ。もっとすごいキラキラをお父さんは出せる。今日しか出せないからちゃんと見とけよ!って言葉で意識が完全に夜空になって。…親父が言い放ったタイミングでその時に人生で初めて花火を見たんだ」
耳を塞ぐことも忘れてしまった大きな音は心臓にまでも響いていて、周りの歓声と夜空へ鮮やかに咲いた大輪の花は、幼少期の俺の心を完全に掴むほどの衝撃だった。
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