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「好きになったきっかけはそれだ。しかもタイミング良く花火が上がるから、小学生に上がるくらいまで親父のこと魔法使いだと信じてたけどな」
「ふ…っ、ははは!はーっ…はははっ」
芝崎は目尻がくしゃっとなるくらい盛大に笑っていた。一度堪えようと思ったのか、我慢出来ずに笑いを止めない。うん、想定内だ。絶対馬鹿笑いするって思ってた。
すると、少し離れた所で芝崎の笑い声に反応した三人と麻琴君が此方を見ていたことに気付いた。楽しそうな事は真っ先に反応しそうな谷川が「なになにー?」と言いながら此処へ来ようとしていたが、黒羽が遮るように谷川を止めると、金田が何かを谷川に伝えると、興味の矛先が簡単に戻ってしまった。
一体何を言ったんだ。…そういえば、今この瞬間も芝崎と俺が二人きりの状態だ。なんか、気遣ってる?たまたまか?
「あはは…はー、苦しい。…悪い。遠慮なく笑った」
「別にいいよ。笑うだろうと思ってたし」
「良い話すぎたけど最後でやられた。でも花火のこと好きになるだろうな。…やっぱ倉木のこと知るの好きだ。あ、分かってると思うけど、面白いからだけじゃないからな。まだ知らない倉木の話、これからも俺に聞かせてよ」
綺麗な夏の夕暮れと花火すらも霞んでしまいそうなほど芝崎は満面の笑みを浮かべている姿にドキッと胸が高鳴った。誰が何を言おうと芝崎みたいな人間は主役に違いない。そのくらい眩しい存在だと自覚させられるくらいの嬉しそうな笑みだった。
恋心を抱いてしまった男に自分の事を知るのが好きでまた聞かせて欲しいと言われた。俺の事を知れて嬉しいと笑顔を向けるような奴に俺は「分かった」としか返せなかった。さっき距離を離すために色々作戦を組んだはずなのに。
だから早く芝崎に嫌われて見放されてしまわないと…そう思っているのに、俺に向けた嬉しそうな笑みが逆転してしまうのが怖いと思っていることに気付きたくなかった。
*******
なんとも有意義な放課後を過ごしてしまった。そして俺は色んな感情をグチャグチャに掻き回された日にもなったけど。けど、目の前の男が俺の前に現れるたびにずっと掻き乱されるに違いない。
チラッと目の前に居る芝崎に目を向けると、同じように俺を見ていて、電車の中の様子を見るように誤魔化した。相変わらず周りは芝崎を気にするように目線を向けていて、俺の姿も見えてないんじゃないかと思うくらいだ。
周りの視線に慣れて気付かないフリをしているのか、芝崎は「今日、楽しかったな」と口を開いてきた。
「…あぁ。まさか谷川の家に行くと思わなかったから緊張してたけど意外と楽しかった。それに金田も楽しんでたみたいだし」
あの後、俺らは谷川の家を後にしたが、黒羽は乗る電車が別で、金田は俺らと反対方向だ。金田もなんだかんだ楽しんでいるようにも見えたけど…どうだったか聞いてみるか。
そして結局、俺と芝崎は一緒に帰る羽目になるわけだけど。
「倉木は金田といつから仲が良いの?」
「金田とは入学式の時にな。…ほら、芝崎と電車で会った日があるだろ。あの後だよ」
芝崎との初対面から逃げるように学校へ着いた後、クラスの確認をしてから金田と廊下で話した時に同じクラスだと分かったのがきっかけで話すようになった。
「へぇ、そうなんだ。昔から仲良いわけじゃないんだ」
「そうだけど…そういう風に見えるか?」
「金田って扱いにくい奴だと思ってたけど倉木には心開いてるように見えるから」
「口は悪い方ではあるけど関わると意外と良い奴だよ。顔にも出やすいけど今日は楽しそうに見えたから、あれは本心だろ」
「ふーん」
芝崎は俺から視線を外すと、何かを思うように電車の外の風景へ向けていて、引っかかることがあるような感じだった。
「…なんでそんなこと聞いたんだ?」
「別に。少し気になっただけ。…それより俺から見ても倉木は楽しんでるように見えたな」
電車の外から俺へ視線を戻した芝崎の口元は弧を描いていて、すぐに察した。これは俺が居たから楽しかったんだろ?と言いたいんだ。
「さっきも言っただろ。楽しかったって」
執拗に聞いてくるなと思いながら怪訝な顔付きで芝崎を見る。
「なら、今度俺ん家来る?」
どうせ同じような事で揶揄って来るんだろうと身構えていたら、とんでもない返しに分かりやすく目を見開いた。
「こんどおれんちくる?…って言った?」
「うん、言った。けど次は俺と倉木の二人きりがいい」
その言葉で確信し、芝崎の狂った提案に後退るほど慄いてしまった。
「ば…馬鹿じゃないのか!俺を誘うなよ!」
「前は俺に声がデカいって言ってたくせに今は自分が大きくなってどうするんだよ」
眉を顰めた芝崎に口元を手で塞がれ、周りにいる人がやっと俺の存在に気づいたと言わんばかりに俺へ目を向ける。流石にマナー的にも大声出すのは良くない事は分かっている。けど、今のはこの男が悪い。
塞いできた芝崎の手を退かし、二人だけしか聞こえないトーンに戻した。
「二人きりだとかそういうの止めろ。俺は芝崎の家に行かないからな」
「…倉木さ、もしかして俺と二人きりになったら何かあると思ってる?」
「なにかあるかどうかじゃなくて、自分のことを好きだって言ってる人間を二人きりで家に誘うなって言ってるんだ。少しは警戒心を持てよ。俺がとんでもなく野蛮な考えの奴だったらどうするんだ」
睨みながら芝崎に説教じみた事を口にしてしまうが、芝崎は俺の言い分にぽかんとした表情からニコッと笑みを浮かべ始めた。
「俺の心配をしてくれてるのか」
「注意してるんだよ。…怒ってもいるんだけど、なに笑ってんだ」
「本当に俺のことが好きなんだなって実感してた」
場面に合わないくらい芝崎の笑みに眉を寄せると、ついさっき退けた芝崎の手は他の人には見えない位置で俺の手を握ってきた。
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