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グッと喉の奥が詰まる感覚がした。この場合は心臓の鼓動を外に出さないように堪えるに近い。
俺の手をやたら優しく握ってくる芝崎に嫌気が差す。どうせなら痛みを感じるくらい抓ってほしい。そうすれば遠慮なく振り払えるのに。
離せと言えば周りにバレてしまうと思い、もう片方の手で芝崎の手を引っ張るように剥がした。
どうにかして話しを逸らしたいが、考えてみれば芝崎に話さなきゃいけないことが多数あった事に気付く。
金田に芝崎との妙な関係を言っていいのか。それと保健室の時に芝崎とのキスを激写し、中学時代に芝崎が彼女を奪ったという美谷先輩の話。そして芝崎に嫌われるようなことを言い出すこと。
丁度金田の話が出ていたし、まずは金田の話からしてみるか。
「そんなことより金田が俺と芝崎がいきなり話すような姿を見て怪しんでるんだ」
「怪しんでる?」
「芝崎が俺のこと虐めてるんじゃないかって心配してるんだよ」
すると、芝崎は笑いを堪えるようにプッと軽く噴き出していた。
この性悪、今日はよく笑うな。
芝崎は「俺が倉木をいじめるなんて、そんなこと一度も無いよな?」って言いながら右口角を器用に上げていた。その発言が一番性悪だと声を大にして言いたい。
「…とにかく、俺と芝崎なんて一番関わりなさそうだろ。だから、たまたま電車の中で会って一緒に登校したのきっかけで話すようになったとか、少しでも安心させる事を言っていいのか聞きたかった。密会してるとかバレて迷惑かけるような事は言わないから」
「別に金田に言う分にはいいけど」
「…良かった。じゃ、そう伝えておくから」
「で、俺からも引っ掛かることがあるんだけど」
「え、なに?」
「俺が倉木と内密に会うことをバレたら迷惑だと思ってたのか?」
「そりゃそうだよ。俺なんかと会ってると思われるの嫌だろ?」
そうじゃないのかと目を見張りながら芝崎を見るが、不快そうに眉間に皺を寄せて大きく溜息を吐いた。
「心外だな。倉木ってさ、俺の心情を勝手に作り出すの得意だよな。俺が気にしてんのは倉木に会うことで別の誰かが興味持って入り込んでくるのが嫌ってだけだ。さっき俺の家に来るか聞いた時に二人きりがいいって言った事もそれだ」
ふざけた様子もなく真剣に俺を見る芝崎に不覚にも表情が緩みそうになった。
それって俺と二人がいいから密会にしてくれてたってことだよな。…え?ということは、最初からそう思ってたってことか?
「そ…うだったんだな」
芝崎の言葉に心臓が堪える事を我慢出来なくなってきた。
こんなに本気な感じを出してくるのは卑怯だ。本当に俺とだけと一緒に居たかったから内緒で会ってたように聞こえる。
これが芝崎の演技なら全力で俳優になれと進めるかもしれない。だからこそ嘘なら俺は人間不信待ったなしだ。
そうだ。自分は自分で守るんだろ。そう思いながら甘酸っぱい脳内を溶かすように自我を保つ。今が作戦を開始するチャンスだ。
「金田との話を出しておいてなんだが、谷川の家での続きな。…やっぱり付き合うとかいう話は無しだ。芝崎が後悔する」
「……はぁ、次はなんだと思えば始まっても無いのに後悔の話か。別に金田にも付き合ってるって言えばいいけど、なんで後悔するのかだけ聞いておく」
出来るだけ険しい顔を作りながら芝崎に問いかけるが、芝崎も負けじと不愉快さを醸し出して来た。こういうのを神経を逆撫でるって言うのかもしれない。
けど、もうここまで言ってしまったんだ。俺は屈しないぞ。
「…俺、芝崎のこと本気で好きって言っただろ。芝崎が皆の的になるのは当然のことだから付き合ったら不安で仕方なくなる。要するに芝崎がどこで何してるとか、全ての行動を把握したい。他に目移りしてほしくないから…」
言った。言ってやったぞ。砂を吐くどころか、それを俺が言ってるのが別の吐き気がする。
こんな美形が恋人なら不安は付き物なのは間違いない。けど全ての行動を把握したいとは思うほど俺はそこまでヤバくはないと思っている。逆を言えば俺がそれを望まないからだ。
自分の気持ちと反転したことを言うのは当たり前だが良い気分はしない。ただ、これは付き合っても無いのにそんな心配をするくらい俺は大変だぞと役を作るためのものだ。
芝崎がどういう反応をするのかと目を凝らしていると、きょとんとした顔から何故か満面の笑みになっていった。
…なんだ。これは何の笑いだ。芝崎は呆れたり引いたりすると笑う人?
芝崎の表情の変化は不安な気持ちに陥る。すると、笑みを崩さない芝崎が唐突に「スマホ貸して」と言ってきた。
「なんで?」
「いいから」
一体何をするのか分からないでいると、何やらアプリをダウンロードしていた。パスワードの入力も催促されて、何をダウンロードしているのか聞けずに芝崎の様子を見ていた。
「俺もダウンロードした。はい、これでいい?」
芝崎からスマホを返されて開かれているアプリの詳細に目を丸くする。
「…カップル専用…位置情報共有アプリ…って書いてるが」
これは一体何の真似だとスマホの画面と満面の笑みを浮かべる芝崎を交互に見た。
「昔、俺も入れられた事あるから知ってたんだけど、俺がどこで何してるのか不安ならこれを使えば少しは安心だろうなって。あとは俺らが定期的にライムすればいいし、何してるか聞いてこようが別に気にしない。電話も毎日する?」
「え…で、電話…い、いや、こ、これって所謂GPSみたいなもの?俺と芝崎の?」
「そうだよ。これから倉木は俺が何処に居るかずっと分かるし、俺も倉木が何処に居るかずっと分かる。あとはこれから学校の行きも帰りも一緒に行く方が…」
「ちょっ…ちょっとタイム!」
耐え切れずにスラスラと今後の事を話し出す芝崎を止めに入った。
…………変な汗が一気に出た。大変な事が起きてる気がする。なんで?どうしてこうなった!?なんでそんなノリノリで自分が嫌と思ってることを進んでやってるんだ!?
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