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今のところ通ったのは、付き合っている事を周りに広めない為に俺と芝崎の話になっただけか。…たったそれだけか。割に合わないなんて今に始まった話じゃ無いし、モヤモヤが取れるわけがない。
それでも“あの芝崎”と付き合ったことで注目の的になるし、いつか別れたことになればその噂もあっという間に広まるだろう。
そうなれば、いつまで経っても誰かの目を気にして過ごさなければならなくなる。だからこそ周りに広めずに、いつかフェードアウト出来ればいいと思っている。
「で、話したいことはそれだけ?」
願望として浮かび上がるだけの事を自分だけで思っていても何もならないのは身をもって体験したわけだから、とにかく次の話題に移ろうと思った矢先に芝崎が先に切り出してきた。
話し出した芝崎の長い指が俺の指の形をなぞるように動いていて、なんだか繋いだついでに指で遊んでいるようにも感じる。
一々気にしていると身が持たないと思い、最後に保健室での話を持ち出した。
「うちの学校に二つ上の男の先輩で知り合いはいる?」
「二つ上…同じ学校で?誰のことを聞き出したいの?」
「言いにくいけど、恋愛関係でいざこざがあった美谷先輩のこと」
「恋愛関係でいざこざ?美谷先輩?…誰だ、それ」
芝崎は考え込むように険しい顔をしていて、美谷先輩の名前を出しても訳の分からない顔を崩さなかった。
芝崎の反応が嘘を吐いているようにも見えないのは、前に恋をしたことが無いと話していたからだ。
もしかして美谷先輩が嘘を吐いていたのか?でも、何の為に?
「実は保健室で俺が寝込んでた時に、その…芝崎がキスしてきただろ?あれを見られてたんだ」
「あぁ、俺の所為で熱中症になった時か。その美谷先輩って人が俺らのファーストキスを見て何を言ってきたんだ?」
芝崎は昔の記憶を辿った最後には微笑ましい事を思い出すような笑みを浮かべていた。
俺にとっては思い出してほしくない所を突かれて当時の熱が襲ってくるが、乱れていないフリをして正気を保つように芝崎を見据えた。
「何故かキスしてる写真撮られて芝崎のこと知りたかったら美谷先輩が知ってるから会ってほしいって言ってた」
「なにそれ。そいつはパパラッチでも目指してんのか。美谷先輩って人、下の名前は覚えてる?」
このことに関して芝崎が鼻で笑うのは同感だ。写真まで撮って証拠を残す価値があるくらい芝崎が有名人なのは分かるが、そこまでする必要はあるのかと思う。
「たしか…美谷漣斗って言ってた」
すると、下の名前を聞いて思い出したのか、明らかに嫌悪が含まれたように表情を変えてきた。
「…思い出した」
「やっぱり知ってるのか?」
「中学の時の先輩だ。先輩って言うのも嫌な相手だけど。倉木、今後アイツに何か言われても無視しろよ」
「無視しろって…写真はどうするんだよ?悪用する予定なんじゃないか?」
「写真がバレてしまうのが不利になるって思ってるだけだ。別に俺は写真がバラまかれようがどうでもいい。寧ろそれを逆手にとってどっちが悪役なのかを思い知らせればいいだけだ」
どっちが悪役なのか分からない笑みに変わった芝崎をギョッとしながら見つめた。
ちょっと待てよ…それだと俺が不利なんだけど!?
喉まで出かかった言葉を心の中で叫んでみる。何故こんなにも俺の逃げ場が無くなる展開になってしまうのか。ここまで来ると神様なんて居ないに等しい。
「もう降りる駅だ。…改めて。これからよろしくな」
気が付けば芝崎が降りなければならない駅に着いていて、芝崎は念を押すように口角を上げながら告げる。離れる瞬間まで手は繋いだままで、まるで名残惜しいと言ってるみたいだった。
他に聞きたい事もあったけど聞けなかった。変わった事と言えば、俺は芝崎聖と付き合うことになった。
そう思うと、一人になった瞬間に味わったことの無い複雑な感情が襲ってくる。付き合ったことで今後何かが変わってしまうことに、俺は気を保てるのだろうか。
「俊太?」
芝崎と同じように降りた人達や乗ってくる人達が落ち着いたら電車は動き出した。動き出した途端、横から聞き覚えのある声に勢いよく振り向いた。
「……え、なんで」
「今日は母さんが車使うって言うから俺は電車だ」
そこにはスーツを着て仕事終わりの父さんが居た。
予想もしなかった人が目の前に居ると口籠ってしまって出ないらしい。
買い物で荷物が多いと車の主導権は母さんになることは分かっていたし、父親の仕事終わりがこのくらいになるのこともわかっていた。
けど、まさか自分の父親が同じ電車に乗ってると思わなかった。
「そ、そうだったな。忘れてた」
「それより、さっきのは友達か?」
芝崎が降りた駅の方に目を向ける父さんの言葉で一瞬にして目が覚め、身体に力が入るように固まった。
いつ俺に気付いたか分からないが、下手したら手を繋いでたところも見られていた?
父親が過保護なことは分かっている。なんて言われるか分からない上に相手は男だ。
もし手を繋いでる所を見られていたら、どういう風に誤魔化したらいい。今時の高校生は友達同士でも手を繋ぐんだぞ。とか?
絶対無理だ!そんなの見たこともない!このやろっ…芝崎のやつ!何が隠してるだよ!もう二度と手を繋ぐかキスをするかなんて選択させるか!
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