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すると芝崎は俺の肩を手のひらで押し返し、不服そうに眉間の皺を寄せていた。
「あっそ。やっぱり倉木は何考えてるか分かんねぇな」
おいおい、なんでまた納得いかない顔してるんだ。むしろ正解なんてないのか?
すると、「倉木は何で俺と仲良くなりたいわけ?」と、表情を変えずに質問を続ける。
「あ、憧れてるから?」
またもや思ってもない事を言ってしまった。一度嘘を吐くと、嘘に嘘を重ねてしまう事になるんだな。
「は?それで俺と仲良くなっても、無理なんじゃない?憧れとは程遠いだろ?」
真面目な顔で首を傾げる芝崎に、穴があったら入りたいとはこの事だろうと思い知る。
知ってる…!俺が一番知ってるんだって!そして憧れてるんじゃなくて、恋愛的な意味で好きなんだよ!
そして、こんなオーラ纏って堂々と歩ける男になれる自信は微塵もない。それにしても、芝崎…お世辞なんて知らない正直な男だな。
「…それでも勝手に憧れてたらダメなのか」
「別に?いいんじゃねーの。先が見えなさすぎて楽しそう」
うわぁ、全然楽しそうって顔してない。どう見ても嫌味だな。お前如きが憧れること自体が間違ってるんだよって言いたげだ…。
一体何が正解だったのか聞き返そうと思ったが、芝崎は自分のスマートフォンに目線を移していて、「追加したから」とだけ呟く。ライムのIDを追加したという意味だろう。
釣られて確認すると、画面に「聖(ひじり)」という名前とアイコンが表示されていた。聖とは芝崎の下の名前だ。まさかこの名前が追加される日が来るとは。…手が震えてきた。
聖って名前も神様っぽいし。存在自体も神々しいし、まじで神様なんじゃないか?なんて、頭の中で余計な事を考えてしてしまう。
「俊太(しゅんた)」
不意に呼ばれた自分の名前にドキッとしながら顔を上げる。芝崎はスマートフォンの画面を見せると、「登録したよ」と告げてきた。
芝崎に下の名前で呼ばれた…うーん…嬉しい。
自分のライムの登録名を読んだだけなのに、名前を呼ばれた嬉しさで口元がニヤけそうになるのを必死に抑えた。
「“シュン”ってあだ名で呼ばれてそう」
「…小学生の頃はあったかも。芝崎はあれだろ、ひぃ君」
少し気まずいまま芝崎に伝えると、「あぁ、あれな。元カノだけが呼んでただけだから」と、気にした様子もなく微笑を浮かべながら肩を竦めた。
意外と平然としている芝崎にホッと胸を撫で下ろすと、俺の様子を見た芝崎は首を傾げた。
「なに。俺のこと“ひぃ君”って呼びたい?」
「……へ?いや、そんなこと」
「じゃー俺も俊太って呼ぼうかな。いや、シュンの方が友達っぽいか?」
「ストップ!む、無理無理!ひぃ君だなんて!しかも俺らが名前呼びしてたら意味無いんじゃ…」
そんな事したら周りに怪しまれ、反応が気になって仕方が無くなるだろう。必死に顔を横に振って頑固拒否すると、芝崎は軽く鼻で笑うように「冗談だって。何の為の密会だよ」と言ってきた。
なんだよ、揶揄うなよ。ひぃ君なんて呼べるわけない。それに芝崎に揶揄われたと思うと、なんだかむず痒い。
「元カノが呼んでたあだ名で呼ばせんのヤバイだろ。だったら別のやつがいいし。じゃー、倉木な。で、どうする?早速今から密会する?」
え……そんないきなり?俺は今のやりとりだけでも精一杯なんだが。
「ごめん。今から予定あるから今度でいい?」
嘘を吐いて申し訳ないが、今でも限界だ。
「……ふーん、分かった」
芝崎はそんなに密会を求めてるのか?なんて思うほど、拒否すると眉間の皺が浮かび出る。そんな顔するなよ。美形が台無しだ。なんて思うけど、慣れない事を背伸びして、いいよ、なんで言える俺ではない。
「でもいいの?好きなのにチャンス逃して」
「…好きってなにが?」
「本当は俺のこと好きだろ?」
…な…なんで。
不意をつかれたように全て御見通しと言わんばかりに痛いほど真っ直ぐな瞳で射抜く芝崎に、俺がどんな顔を浮かべていたのか知りたくない。
そう思ってしまうほど、緊張で全身が強張った。
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