1:トモダチになる?

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1:トモダチになる?

「倉木?あぁ、あの目立たない奴か。好き嫌いっていうか、論外」 放課後。教室に忘れ物を取りに戻った時だった。扉の向こう側で聞こえた失恋の知らせは突然訪れた。声だけでも分かる。この心地良い低さと笑みを含んだような声は芝崎だ。 高校一年、入学して三ヶ月。 笑われるかもしれないし、あんな出来事は俺しか覚えて無いと思う。 けど、入学式の日の出来事から同じクラスの芝崎に恋をしていたのだが、呆気なく散ってしまったらしい。 男女共学なのに誰もが芝崎に目がいくほどの美形で、歩いている姿はまるで映画のワンシーンだ。姿を見てるだけでドキドキと胸が高鳴り、話したい言葉が引っ込んでしまうほど。 クラスの端っこにいるような俺が可能性が無いのは分かっていたことだ。それでも傷付いているのは、それだけ好きだったという事だ。そして一度は話した事があったから、論外と言われてしまった事がショックだった。 どんな顔を浮かべていればいいか分からない。それでも明日提出の宿題を置いて引き返すわけにもいかない。 心に棘が刺さったまま、俺はゆっくりと扉を開けた。 ガラガラと古びたドアが開く音は、クラスに残っていた芝崎達の耳に届く。論外だと言っていた台詞から約十秒後の出来事だ。 ドアへと目を向けた芝崎以外の二人はギョッと目を見開き、芝崎は少し目を丸くするが、すぐにいつも通りの真顔に戻った。 「話、遮ってごめん。忘れ物」 想像よりも震えたような声が教室に響く。 「あ、あぁ。そう」と、いつもヘラヘラして陽気そうな谷川が気まずそうに返事をしていた。 一瞬だけ芝崎に目を向けてしまうが、芝崎もジッと俺を見ていて、すぐさま目を逸らす。目が合うだけで心臓が熱くなり、その後にズキズキと痛みが走った。 早くこの場から去りたい。 机の中から宿題を取り出してドアへと向かおうと思った時だった。 「倉木ー。俺らの今の会話聞こえた?」  ピタリと足が止まる。 芝崎とよく連んでいる爽やかで人当たりのよさそうな男、黒波(くろは)が、先程の見開いていた目の面影も見せずに、興味津々で質問をしてきた。いつもふざけた様子の谷川ですら、「おい!」と、阻止しようと焦った様子だ。 「聞こえた。論外、だろ。別に好みのランク付けしようが勝手にしてもらっても何も感じないよ。俺も論外だし。じゃ」 俺の発言に黒波と谷川がキョトンとした顔を浮かべていて、芝崎の顔だけは見れなかった。 どうせ論外なら少し生意気な事言っても何も変わらないだろうと、強がったような言い方をしてしまった。何も感じないと言うのは嘘だけど。 そして好みのランク付けに男の俺も入っている理由は知っていて、芝崎が男女問わず対象だからだ。 鞄をギュッと強く握りしめながら教室の外へ出る。廊下を一人で歩いていると自覚すると、張り裂けた胸の欠片が顔へとこみ上げてきて、目頭へとぶつかりそうになった。 すると、ガラガラと背後から聞こえてきた扉を開ける音に、肩がピョンと跳ねた。 「倉木」 廊下に真っ直ぐに俺を呼ぶ程よい低声が鼓膜を刺激するように響く。振り向くと、誰もいない夕暮れの日が照らす廊下を颯爽と歩き、目の前まで来た芝崎。芝崎が此方へ近づくと共に心拍数も上がっていく。 なんだ?わざわざ出てきて俺を呼んだ?初めて名前で呼ばれた。 芝崎が俺の名を呼ぶだけで透き通って聞こえるのは、俺が芝崎に恋をしているからなのか。それでも今になれば人をランク付けするような男に俺は惚れてるのかと思うと、馬鹿馬鹿しくも思えた。 「なに?」と、芝崎に返事をする自分の弱々しい声に鼻で笑いそうになる。自分が思ってるほど緊張しているんだ。 「筆箱。忘れてる」 「あ………あぁ。ありがとう」 芝崎の手に持っている自分の筆箱の存在に気付かなかった。きっと提出物の宿題を鞄にしまう時に自分の筆箱を一旦出して、入れ忘れてしまったんだ。 芝崎が筆箱を目の前に差し出すと、目を合わせる事なく筆箱を掴む。…が、芝崎が筆箱から手を離してくれないことに気付いた。俺はその時にやっと顔を上げると、芝崎と目がバッチリと合った。
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