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「お姉ちゃん……お姉ちゃん」
こちらに背を向けている愛子の声は、絞り出すようで、
「どうして、今日いてくれないの? あたしの一番幸せな日なのに……お姉ちゃん……いっしょにいてほしかったよ。死んでほしく、なかったよ」
俺はこのとき愛子に話しかけるべきだったのだ。
そんなことは、頭ではわかっていた。
……でも俺は気がつけば、後ずさっていた。
心臓が、早鐘のように、鳴っていた。
俺自身がまだ、山岸透子さんの死を乗り越えられていなかった。
……双子の妹である愛子のほうが、よっぽどつらいだろうに。
そして俺は駆けだしていた。
まるで中学生のように、がむしゃらに。
違う……違う、逃げるわけではない……愛子から逃げるわけじゃなくて、これは……そう、自分がもうちょっと落ち着いてから、愛子に話しかけなきゃいけないってだけで……。
そしてパニックになりすぎているせいで、俺は普通に道に迷いまくり、
庭園に出てしまって、
引き返そうとしたのだが、
雨でぬかるんだ地面に足をすくわれて、仰向けに転んで、頭を打った。
俺は馬鹿だ……。
本物の、馬鹿だ。
愛子……愛子は、泣いていたのに……。
意識が、遠のく。
視界の端にふと見えたのは――チャペルの出入り口にある、小さな、赤い祠だった。
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