Ⅰ 旅立ち。

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 男であるにもかかわらず、アバヤを身に包んだマライカは女性に負けず劣らず美しい。濡れた長い睫毛に二重の瞼。憂いを帯びたはしばみ色の目。マライカは人を惹きつける美貌を持っていた。  その彼がこのようなアバヤを着こなし、40度近くにもなるこの炎天下の中、わざわざ呪われし魔のスーリー砂漠を横断するには理由があった。  マライカは今日という日を以てダールという名の大富豪の元へ嫁ぐ途中なのだ。  嫁ぎ先であるダールの居住地はアルシャ湾に面しており、漁業が盛んな土地である。対するマライカはメルダ湾に面した土地に住んでいた。  メルダ湾は細い地脈に囲まれた緑豊かな場所であるため、大勢の列を成して駱駝は進むことができず、こうして砂丘を通ることを余儀なくされたのだ。  男の性であるマライカが、『嫁ぐ』という言葉を用いるのはけっして誤りではない。それはマライカの性は世で最も珍しく、おぞましいと言われているオメガの性であったからだ。  この世には女性性と男性性とは別に、各々三つの性と階層に分けられる。  ひとつはベータ。ごく一般の性であり特に突出する技能を持たない。中層階の彼らはこの世界の人口の殆どを占めている。  もうひとつはアルファ。彼らの性はオメガと同じほどの稀少な存在であり、もっとも優れた知能を持つ。一般社会に属するベータは皆、彼らの下に帰属する。ベータたちからは神に最も近しい存在として崇められていた。
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