Ⅳ 逃亡。

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「痛い目に遭いたくなくば大人しくすることだ」  彼は尚も言葉を吐き捨てる。マライカの背中に骨張った手が乗った。乱暴に扱われるのだと思ったマライカは、反射的に震えた。  今よりもずっと酷い苦痛を味わうのだと目を閉じた。歯を食いしばりたいのに吐き気がそれを許さない。マライカは込み上げてくる吐き気を抑えることができず、とうとう酸っぱい唾液ごと吐き出した。  ひとつ幸いなのは今朝から食欲が無く、何も口にしていなかったことだ。戻す物がない空っぽだった胃は、そこまでの負担を身体に与えずに済んだ。  それでも苦しいのには変わりない。頭痛は相変わらずするし、壁や地面に衝突した身体はどこもかしこも鈍い痛みを訴えている。  そんな中でもマライカはどこか冷静で、自分を他人事のように見下ろしていた。  マライカは、てっきり冷徹なハイサムの頭であるファリスには汚いと罵られるだろうと覚悟していたのだが、どうしたことだろう。彼はマライカの両肩を包み込み、前屈みにさせた。ファリスの対応は意図してのものなのか、それともたまたまそうなったのかは判らない。  けれどもたしかなのは、彼の取った行動により、ほんの少し呼吸が楽になったということだ。背に触れている彼の手が嘔吐くマライカを擦る。  彼の手が優しいと思うのは自分の気のせいだろうか。  しかしそんなことを考えられたのはほんの一瞬だった。平衡感覚を失った脳はすぐに意識を手放し、マライカはぐったりと倒れた。 《逃亡・完》
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