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彼の何気ない行為が嬉しくて、気がつけば恋をしていた。
けれども彼と過ごす日々はたった数日のうちに終わる。友人が仕事に復帰し、酒場に行く用事がなくなったからだ。
それでもマライカはその男性のことが気になって、友人にあれこれ尋ねてみたものの、例の男性もマライカが赴くことがなくなってからは酒場に姿を現さなくなったという。
生まれて初めての恋は、こうしてひっそりと幕を閉じた。
自分はこれからダールの元に身を置く。数日も経たないうちにダールに抱かれ、まだ知らないヒート状態を経験して子を宿することになるだろう。
けれども自分とふたまわりも違うダールにはけっして恋愛感情は生まれない。それは一目惚れの彼がこれから先、何があってもマライカの心に棲むからだ。
できることなら、このまま誰にも縛られることなく、遙か異国の地へ逃げてしまいたい。
けれどもオメガという性の下に生まれた卑しい自分を、宝物のように可愛がり、育ててくれた両親を見捨てることはできない。
マライカがこうして何不自由なく過ごせてきたのはすべて、限りない愛情を注いでくれた両親がいてくれたからこそなのだ。
苦痛を漏らすことさえ許されないマライカは、唇を強く噛み締めた。
突きつけられた悲しい現実に目をつむる。瞼の裏に赤々と燃える太陽の光が宿る光景をただただ見つめていた。
この鋭い痛みを伴うほどの砂漠をどのくらい進んだ頃だろう。突如として男たちの怒号が小高い砂丘の頭上から響いた。
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