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乗り合わせ
細い偶然の糸も、束ねれば丈夫な必然の縄になるのだろうか。ここにも頑丈な縄――ワイヤーロープがあった。
とあるマンションのエレベーターに、三人の男女が乗っていた。
OL風の若い女性。口にピアスをしている金髪の若い男。全身黒い服にサングラスをかけた体格の良い男。
それぞれ別の階から拾い、エレベーターは一階へと下降していた。しかし、途中、突然衝撃が走り、エレベーターが止まった。
三人はよろけ、膝をついたが、すぐに立ち上がる。座り込んでいる場合ではない理由が、全員にあった。
女は思う。
――大丈夫かな……今ので鞄が少し開いちゃったけど、中身は見られてないよね……。
彼女の腕に抱えた鞄の中には、血のついた包丁が入っている。彼女は数分前、自分の男の浮気相手を刺し殺したのだ。慌ててその場を立ち去り、指紋を拭く余裕もなかった。その柄や刃にはまだ温もりが残っているかもしれない。
黒服の男は思う。
――今の衝撃……エレベーターが止まったか。やはり階段を使うべきだったか……。
胸に手を当てているのは、心臓を落ち着かせるためではない。彼は殺し屋で、数分前、このマンションに住むターゲットを拳銃で殺したばかりだった。拳銃はジャケットの内ポケットにある。
金髪の若い男は思う。
――マジかよ、こんなときにエレベーターが止まるとか……早く逃げなきゃならねぇのに……。
彼は最近ニュースを騒がせている押し込み強盗犯。
数分前、自宅に戻ろうとした女性を後ろから襲ったが、抵抗されたためナイフで刺し殺したばかりだった。ズボンのポケットに入ったナイフが、震える足に合わせて踊っている。
三人はひとまず非常ボタンを押そうと思ったが、はっと気づいた。
騒ぎになったらまずい、と。三人とも動きを止め、相手の様子を窺う。他の二人が非常ボタンを押すのをなんとか阻止しなければならない。
訪れた静寂を破ったのは女だった。このまま黙っているのも不自然だと思ったからだ。
「エレベーター、止まっちゃいましたね……」
黒服の男が「ああ」と頷いた。印象に残らないように振る舞わなければならない。あとで死体が発見されたときに、そういえば怪しい奴がいたなと思い出されてはまずい。
「そのうち動くだろうよ。ちょっとした不具合だろ」
金髪の若い男が言った。それは願望込みであったが、他の二人も同意し、三人は顔を背けて黙り込んだ。
息苦しいほどの静寂が張りつめる中、エレベーターが軋む音を立てる。その悲鳴は誰にも届かない。三人は心の中で同じことを思案していた。
何か会話をすべきか? しかし、話題はどうする? 自己紹介をする流れになってしまうと困る。偽名を使えばいいというものでもない。印象に残ってはまずいのだ。やめたほうがいい、しかし、このまま黙っているのも不自然か?
時間が経つにつれて、三人の焦りは増していく。エレベーターが止まってから、まだ数分しか経ってないが、三人には数時間にも感じられた。こうしている間に、誰かが死体を見つけるかもしれない。このままではどちらにしてもまずい。
動いたのは金髪の若い男だった。『そのうち動く』と言った当人であったが、痺れを切らし、非常ボタンに手を伸ばした。連続押し込み強盗犯の特徴はすでにニュースで報じられており、そのことがいつ他の二人の頭によぎるかはわからない。そう考えたのだ。
他の二人は若い男を止めようと手を伸ばしかけたが、助けを呼ぶのをわざわざ止める正当な理由が思いつかず、ただ伸ばした指を戻した。
「……おい! 聴こえるか!? エレベーターが止まっちまったんだ! 早く動かせよ!」
『……あー、はい、またですか。すぐに動かしますので、そのままお待ちください』
少しの間を置いての返答は意外にもあっさりしたものだった。今の口ぶりからして、救助隊が来るような大事にはならなそうだ。三人は、拍子抜けするほどほっとした。
「いやー、よかったっすね!」
「……ああ」
「ええ……」
どこか和やかな雰囲気が流れる。だが、ここで金髪の若い男は思う。
二人の態度がおかしい……。やっと出られるってのに、そっけないどころか、顔を背けていやがる。まさか、おれの正体に気づいたのか? おれが非常ボタンを押している間に、二人でおれのことをコソコソ会話してたんじゃねえか?
クソッ! めんどくせえ。こうなったら二人とも殺っちまうか……。悲鳴を上げられると厄介だから、まずは女からだ。あの黒服の男はでかい図体してるが、さっきから落ち着きがねえし、見掛け倒しの臆病者だろう。いきなり女の喉を切り裂いてみせれば、動揺して声も出せねえに決まってる。そうだ、やるしかねえ。隙ができれば……。
女は思う。
あの黒服の男、さっきからこっちをちらちら見てる……ああ、やっぱりさっき、鞄の中の包丁を見られたんだ! もうダメ。顔も覚えられた! こうなったら二人とも……そうよ、あはは、殺してしまえばいいのよ! 簡単じゃない! さっきもできたんだから!
そうね、隙を見て、強そうな黒服の男のほうから……。金髪の男はなんかおどおどしているし、チャラついているだけの小心者でしょう。あの黒服の男が殺されたら、きっと腰を抜かすわ。
黒服の男は思う。
この二人の様子、どうも変だ……。金髪の男は時々、こっちを鋭い目で見てくるし、女もちらちらこっちを見て、ブツブツ言っている。しかし、なぜ……拳銃に気づかれたか。思い返せば、さっきの衝撃でポケットからちょっと銃が出た気がする。
まずいな、痕跡を残すわけにはいかない。隙を見て始末するか。それで、すぐに高飛びしよう。まずは金髪の男からだ。女はどうとでもなる。
と、三人の考えがまとまった瞬間だった。突然、エレベーターの照明が消えた。三人は一瞬驚いたが
――今だ!
一斉に凶器を取り出し、網膜に焼き付いた残像を頼りに暗闇の中で相手に襲いかかろうとした。
だが、次の瞬間、ガタン! とエレベーターに再び強い衝撃が走り、三人はよろけて凶器を落としてしまった。
――まずい! 拾わなければ!
両腕を広げ、膝を曲げて、奇しくも三人が同じ体勢を取った瞬間、まるで何かの儀式が成功したかのように、パッと室内が明るくなった。そして、エレベーターは再び下降を始めた。
三人の中心に散らばる凶器。三人はただそれを呆然と見つめていたが、エレベーターが一つ下の階に止まり、扉が開くとそちらに視線が移った。
中年の男は思う。
本署からの急な呼び出しとか、ほんと勘弁してほしいよ。エレベーターも調子悪いしなあ……。
ため息をつき、エレベーターに一歩足を踏み入れたこの中年の男は、非番の警察官。かなり不機嫌だったが、三人の硬直した姿と散らばる凶器を目にすると、足で拳銃を引き寄せ、拾い上げて三人に向けた。
三人はゆっくりと手を上げた。と、そのとき、エレベーター内にまたも衝撃が走る。まるで吐く寸前の猫の嗚咽。エレベーターはガクン、ガクンと揺れながら少しずつ下がり、出口が狭まっていく。四人は状況を察し、急いでエレベーターから飛び出した。
次の瞬間、エレベーターは轟音とともに視界から消え去った。
開いたエレベーターの扉の向こうには、無機質なコンクリートのシャフトと、静かに漂う土煙が残されていた。
その光景を前に、呆然と立ち尽くす警察官の男。
逃げ出す絶好のチャンスだったが、三人もまた偶然の糸に絡め取られたように動くことができなかった。
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