かんざし

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かんざし

 彼女は或日、仕事を終えて帰宅すると、家の戸が開いています。これは怪しいと思った彼女は恐る恐る戸を開けてみました。中にはむっとする臭気が立ち込めており、厭な予感がします。オカシイぞ、と彼女は思いました。ガス栓を開けっ放しにして居たとしても、臭気の説明はつきますが、家の戸が開いているのは說明ができません。そして厭な予感。悪寒がする。彼女は恐怖に慄きました。  中に入ると、ぴちゃんぴちゃんと音がします。彼女はその、音のする方へ向かいました。そーっと進むと、その先にあったのは、台所でした。蛇口の締まりが悪くて、水がたれていたのです。彼女は安堵しました。それからガス栓を締めに行こうとして歩きはじめました。しかし、ガス栓は締まっていたのです。彼女は考えました。音の正体は分かった。しかし、異臭も、鍵がかかっていなかったことも、厭な予感も、全て說明できないではないか。  しかし彼女は勇敢でした。言い換えれば無謀だったのですが。次に彼女は、異臭のする場所、自分を不快にさせる根源を探しに行ったのです。彼女はすたすたと歩きました。恐怖を隠すためにすたすたと。音で紛らわすために。自身を誇示するために。すたすたと、すたすたと。  歩いていると”それ”は案外はやく見つかりました。それは怪物でした。巨人でした。筋骨隆隆とした体。赤く光りぎょろりとした目。狂気と嘲笑をたたえた口。ぼさぼさとした髪からは身だしなみへの無頓着さが伺えます。頭の上からは、青褪めた顔のかんざしがこちらを見つめています。そして、何よりも目立つのは、彼の服でしょう。その服は、暮露暮露で、餅のように白いが、赤い血によって塗られていました。キャンバスに乱暴に赤絵の具を撒き散らした感じだと彼女は言います。又、彼女曰く、巨人の身長は七尺はあったと言います。  それから巨人は、天井に頭をつっかかえて、彼女を見下ろしました。そしてニタニタと笑いました。彼女はというと、もう恐怖で動けなくなっていました。ただ、この後起こる何かを待っていました。抵抗力をなくした彼女を見ると、又巨人はあの笑いをしました。そして彼女の周りをぐるぐると廻り始めました。まるで見えない鎖で縛るかのように。何重にも、何重にも。巨人は囚人を縛っていきます。  軈て彼女の前でぴたりと動きを止めました。そしてその力強い腕を振り上げたのです。  其処で彼女はやっと我に返りました。そしてその腕を避けたのです。巨人は困惑した様な顔をした後、矢張りあの笑いをしてから、歩いて彼女を追いかけます。彼女は逃げます。必死に逃げます。ですが、運も尽きました。其処は、先程の台所、つまり行き止まりだったのです。彼女は焦燥しました。茲に居たら、あの巨人が来て殺されてしまう。だったらあいつを斃すしか、方法が無いではないか。彼女は決心しました。そうと決めると、直ぐに実行に移しました。  彼女は台所中にある包丁やらナイフやら、鋭利なものなら全てのものを、一箇所に集めて、その後ろに立ちました。そしてその中から二つを選んで構え、巨人が来るのを待ちました。  少しすると、どすんどすんという重厚な鈍い音がして、のそりのそりと巨人が歩いてきました。彼女はいよいよ殺気立ちました。軈て巨人は彼女の眼前に首をもたげました。巨人は殴りかかろうとしました。しかし、それよりはやく、彼女の白刃が閃いたのです。刃は巨人の心臓めがけて放たれました。血がだらだらと流れ出し、床を赤く染めます。しかし、巨人は一向に怯む様子を見せません。寧ろ笑っています。 「この悪魔」彼女はそういうと、もっと巨人に刃物を刺していきます。刺さっては血が溢れ、巨人が笑う、刺さっては血が流れ、巨人が嗤うの繰り返しでした。針鼠の様になっても倒れません。彼女の目からは大量の涙が、流れ出ていました。  しかし、そんな戦いにも終わりが訪れました。刃物を全て刺し終えた時、巨人がいきなり彼女に襲い掛かってきたのです。彼女は目を瞑りました。ですが、その心配は無かったのです。巨人は彼女に殴りかかろうとすると、急に体全体が発光し、そのまま蒸発するように消滅してしまったのですから。彼女は呆然としていました。今起こったことを余り理解できていないでいました。  所が彼女は我に返りました。何故なら、ぽとりと音がしたからです。彼女は目を擦ってから、其処を見てみると、あの禍々しい巨人からは想像も出来ないような、美しいかんざしが落ちていたのです。  そこで彼女は目を覚ましました。今見たことは夢だったのです。彼女は安堵しました。ホッとして、蒲団から出ると、彼女はナイフを持っていることに気付きました。
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