かんざし

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かんざし

 ええ、そうです。私は役所で働いております。窓の近くにある、日当たりの良い席であります。だから、蟲が入ってきたり、眩しい陽光が、私の読書を邪魔したりと色々と煩わしい事が沢山ありますが、住めば都、というものなのでしょうか、今はこの席に愛着を持って、寧ろ好きになっております。  私は休憩の時、往来をゆく人々を眺めるのも好きです。昔から、探偵小説なんかが好きでしたから、大きなバッグを重そうに運ぶ人が通ると、あの中に人が入っているのかしらと、ホームセンターの袋を提げている人を見るとあの中には凶器が入っているのかしら、そして今から犯罪を犯す所なのかしらと厭な想像をしてしまう訳です。  だから私は同僚からもあまり好まれていない、寧ろ避けられているといった感じなのです。しかし、物凄く、という訳では無く、一部の人は私に優しく接してくれます。  さて、こんな事を話しても先に進みません。そろそろ本題に入りましょうか。  私は仕事柄、他人の書類をチェックしたりするのですが、その時、私が仕事をしている時、偶に話をしてくる人がいるのです。そういうのは大抵知己や、おじいさんおばあさんがしてくれるのですが、しばしばそうではない時もあります。  ですが、そうであっても大体の内容は同じで、それは世間話や、知人から聞いた心霊体験等です。だから私は退屈していました。勿論、ちゃんと仕事はしていました。きちんと責務は果たしていました。ですが、ずっと同じ話をされると人間、退屈するものですよ。だって、同じ映画を何回も繰り返し見ていてもつまらないでしょう?それと同じです。無論、面白い映画だったら、何回見ても飽きませんがね。ああいう映画はワクワクが長持ちするのです。カイロの様に。ですが、瞬間冷却パックの様にハッとさせる場面も含んでいる。そういうのが大衆から期待されている映画だと、私は思います。  又、本題からそれてしまいました。映画論を語っても仕方がありませんものね。これも私の悪い癖だ。だからあまり友人が居ないのです。部屋の真ン中に居る及川さんなんて、たくさん友人が居ますからね。マァ、一杯いればいいというものではないと思いますが。少し悔しいです。  又しても脱線してしまいました。私はいつもの通り、仕事をしていた訳です。その日、最初に来たのは、髪を金色に染めた若者でした。その人は無口でした。一切言わないのですから。私が何か聞いてもはいかいいえかしか言わないのですから。  次に来たのは、黒髪の女性で、その髪にかんざしを挿していました。背は高く、白の服を着ていて清楚、的皪という言葉が、如何にも似合うお方でした。しかしそれでいて目は死んだようで、生気が感じられませんでした。例えるならば、そうですね、まるで幽霊の様な、そんな方でした。書類を渡すとき、極自然な動作で、まるで川が流れる様な感じで。とても綺麗な動作だったのですが、それも又、不気味に感じるのですよ。その動きに生気が感じられないと言うか。  彼女は席に座りました。それから私が書類を見始めたのを見届けると、怪奇譚を話し始めたのです。しかしいつものものとは一風異なります。それは彼女が実際に体験した、話だったのです。現実と夢幻の世界が入り交じる摩訶不思議な話なので、途中で分からなくなるかもしれません。ですが、私はなるべく彼女が言った通りに話そうと思います。
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