1・1 見習い志願《3月》

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1・1 見習い志願《3月》

 騎士用の広間でビアッジョと世間話をしていると、入り口から俺の幼馴染で主でもあるコルネリオが顔を出した。燃えるような赤いくせ毛がふわふわと揺れている。  彼の後ろには、斧槍を持った衛兵がひとり。 「アルトゥーロ、ビアッジョ、中庭に来い」  そう言う顔はどこか楽しそうだ。 「どうした?」と俺は立ち上がりながら尋ねる。 「うちで見習いになりたいという奴のテストをする」とコルネリオ。  俺はビアッジョと顔を合わせた。  彼、コルネリオ・ペレグリーオは小国が覇権を争い戦いに明け暮れるこの時代において、最も強く、また人気のある王だ。まだたったの28才だが、既に近隣の四か国の王を倒し、その地を支配下に置いている。  当然、コルネリオの元で働きたいという有象無象が集まってくるが、そういう奴らは軍隊に直行してもらう。ここ、王の居城でテストをするなんてことはない。  三人で廊下を並んで歩きながら、疑問をぶつける。 「なんでテストなんだ」  軍隊に回さず居城に招き入れるケースも、勿論ある。名の通った騎士や、旧知からの紹介状を持っている場合だ。だがそういう場合はテストはしない。  しかも、見習い。なんのだ。騎士のか。 「面白そうでな。聞こえなかったか、そいつの口上」  明らかに楽しんでいる表情のコルネリオ。 「口上?」 「そう。門前で俺の従卒になりたいと、滔々と語り上げていた」 「まあ、珍しいタイプではありますかね」ビアッジョが頬を掻く。  珍しいけれどコルネリオがそこまで楽しそうな理由が分からない、という表情をしている。  同感だ。 「そうだな」とコルネリオ。「後は行ってみてのお楽しみだ」  ということは、まだ、そいつには何かあるのだろう。  ここのところ平和で退屈な日々だったから、暇潰しにはちょうど良いのかもしれない。  ◇◇  どこからともなく芳しい春の薫りのする中庭はぐるりを衛兵が囲み、その中央に少年がひとり立っていた。  コルネリオの赤毛も珍しいものだが、少年もこの辺りでは少数派の髪色だ。  ダークブラウンの髪は肩より短く癖が強い。同じ色をした瞳は大きい。なかなかの美少年だが最も印象的なのは、意思の強そうな表情だ。これだけの衛兵に包囲され、いずれ天下を取るコルネリオを前にしても、全く物怖じしていない。 「そんなに私の従卒になりたいか?」とコルネリオは何の前置きもなく尋ねた。  従卒、あるいは騎士見習い。主人の騎士の世話をしながらその知識や技量を学ぶ。  つまり従卒になりたいとということは、騎士になりたいということだ。  建前上、身分に関係なく従卒にはなれるが、実際は縁故によるものが多い。  それなのにこの美少年はコルネリオの従卒になりたいと、なんの縁もない王城に突撃をしてきた。  だから先ほど話を聞いたときはもっと不遜で、すぐにでも実戦で使える屈強な青年をイメージした。  この美少年ぶりは予測外で、まあ、面白いとは言える。 「ええ」と少年はよく通る声で答えた。「どこの軍隊や騎士に頼んでも門前払いです。あとは先見の明があり、賢王と謳われるあなた様の元しかない」 「成る程、私は残りものか」とコルネリオ。 「ですが私を追い払った王たちは皆必ず、玉座から引きずり落とします。きっとあなた様の役に立つでしょう」  堂々と話す少年。まだ声変わりもしていないのに、随分と勇ましい。  コルネリオは一見、若く美男の優しい王に見えるが、実際は数多の戦場で勝利を上げてきた強者だ。一対一で対峙すれば、大抵の者がその圧倒的なオーラに怯む。 「まあ良い」とコルネリオ。「私の片腕、アルトゥーロを知っているか」  なんてこった。賢王は俺に少年のテストをやらせる気のようだ。 「無論です。『冷血アルトゥーロ』。敵を容赦なく殲滅する。たとえ女子供でも」と少年。 「そう」と笑顔で頷くコルネリオ。「彼と戦え。100数える間に殺されなかったら、採用してもいい。勿論、逃げ回っているのはなしだ。どうする?」  全く。我が幼馴染は人が悪い。  だが、少年は真っ直ぐに俺を見た。その目に怯えはない。 「宜しくお願い致します、アルトゥーロ様」  とんでもない自信家と馬鹿のどちらだろうな、とビアッジョが呟いた。  俺は茶番劇に付き合うべく、庭の中央に進み出て剣を抜いた。  相手は俺より一回りも小さい。瞬殺できるだろう。  だがコルネリオは少年を殺す気などないのだ。彼は先ほどの受け答えで、最初のテストを突破した。あとは実技のみ。  少年も剣を構える。  ふと、直感がした。  これは出来る人間だ。 「始め!」  コルネリオの合図と同時に、少年が踏み込んで来た。速い。その剣を受け止める。思いの外、重い。勢いと体重を上手く使っているのだ。  彼は素早く下がる。すぐに次の一手。難なくその剣を弾くが、少年はまたも素早く退く。  今度はこちらが攻撃をしかけるが、彼は大きく跳んで下がり剣をかわした。コルネリオに『逃げ回るのはなし』と言われたのに、その選択をしたことに驚く。まともに俺の剣を受け止めれば、力で彼は負けるはずだ。冷静に判断しているらしい。  少年は素早くまた踏み込んで来る。強い目が俺を見ている。  そうして攻防を繰り返していると。 「終わり!」  という声が上がった。  剣を下ろし少年を見る。顔は紅潮し、肩で息をしている。 「いいだろう」とコルネリオが満足そうに言った。「従卒として城に入れてやろう。ただしアルトゥーロのだ。私は女は淑やかなのが好きだからな」  そして我が幼馴染は、俺に『頼んだ!』と楽しそうに声をかけ、中庭から出て行った。 「……え?」  振り返り、少年を見る。 「女?」  肩を揺らしながらも、強い目をした少年は私を見て小さく頷いた。 「エレナです。宜しくお願い致します、アルトゥーロ様」
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