1・2 エレナ《3月》

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1・2 エレナ《3月》

 少年の名はエレナ。というか男でも子供でもなく、本当に女で二十歳。恐らく南方出身。  何故恐らくなのかというと彼、いや、彼女は物心がつく頃には傭兵の父親と各地を放浪しており、自分がどこの国の生まれなのかを知らないからだそうだ。ダークブラウンの髪は南方に多いから、そう判断しているだけだという。それは母親譲りのようだが、母親がいた記憶はない。  父親は多くは語らなかったが、かつては主を戴く正式な騎士だったらしい。どうして流れ者の傭兵となったのかは不明だが、それに不満があるのは明らかだった。  父は我が子に自然と剣術を教え、また、彼女には素質があり腕は上達した。  エレナは自分もいずれ傭兵か、出来ることなら主人を持つ騎士になる、と考えていたらしい。  父親が病死し、それを機に騎士見習いになろうとした彼女は思わぬ形で挫折した。  エレナが女だと分かると、どこの軍隊も、名のある王や騎士も、彼女を鼻で笑って拒絶した。  拒絶されればされるほど、彼女は剣で身を立て、笑った奴等を見返したいとの気持ちが強くなった。  そうしてコルネリオの元に辿り着いた、という訳らしい。 「なかなかの腕前なのに。拒絶した者はアホウだな」とビアッジョ。  彼とその従卒クレト、俺とエレナの四人で城内の廊下を歩いている。  向かうのは、俺の部屋。その間にエレナの身の上話を聞いていたのだ。 「それをバネに更に研鑽しました」  エレナは固い声だ。安心したら今ごろになって緊張してきたと、先ほど言っていた。どうやら決死の覚悟で乗り込んで来たらしい。 「そういう根性のある人間をコルネリオ様はお好きだからな。頑張りなさい」  ビアッジョが優しい言葉をかける。  だが彼だってコルネリオの腹心だ。俺と同等に敵を殺しまくっている。それなのに俺だけが『冷血』と言われビアッジョが言われないのは、単に口が上手いからに過ぎない。  エレナも気が緩んだのか微かに笑みを浮かべ、礼を言っている。  その手には小さな荷物がひとつ。それが彼女の全財産だそうだ。 「ですが」と彼女は俺に顔を向けた。「なぜアルトゥーロ様のような立派な騎士に、従卒がいらっしゃらないのですか?」  ビアッジョがぷっと吹き出す。 「いやね、前の従卒の恋人をアルトゥーロが盗ってしまったのさ。彼は泣きながら辞めていったよ。つい先週のことだ」 「向こうが誘って来た。据え膳は食うだろうが。それにその程度で辞める奴など、大成しない」 「こういう男だがモテるから、自分に興味のない女には手を出さない。安心するといい」  ビアッジョの言葉にエレナが真顔で頷く。こっちだって男のような髪型で、剣を振り回す女など御免だ。 「お前を女だとは思わないぞ」  と念のために釘を指す。 「当然です」とエレナ。「どうか今までの従卒と同じ様にお扱い下さい」 「いい心掛けだ」とビアッジョ。  折よく俺の部屋に到着した。 「ここがアルトゥーロの部屋。覚えるように」とビアッジョが説明する。「私は城には住んでいない」  首肯するエレナ。 「君の部屋の案内と従卒の仕事についてはクレトが説明する。一旦下がって、仕事開始は」とビアッジョが俺を見る。 「晩餐後だな。明朝の指示を出したい」 「だそうだ。ああ、それから」ニヤリとするビアッジョ。「彼のこの仏頂面は通常仕様だ。気にしないように。君が気に入らない訳ではない」  再び頷くエレナ。  いや、女なんて気に入らないぞと思いながらも、面倒なので黙っておく。 「質問は?」ビアッジョが尋ねる。 「ありません」 「ならばクレト。あとは頼む」  エレナは俺に向き直った。固い表情に、強い目。 「では後程、お伺い致します」  うむと鷹揚に頷く。 「それではしばし、失礼致します」  踵を揃えて挨拶をした彼女は、クレトに連れられて去って行った。後ろから見る限り振る舞いだけは既に、いっぱしの騎士だ。 「ふむふむ。楽しくなりそうだな」とビアッジョ。「女騎士なんて見たことがない。上手く育てろよ」 「コルネリオも汚い。面倒事は俺に押し付け、楽しみだけとる」 「だから王になれた」 「そうだった」  コルネリオはこの国、メッツォ王国の王家に連なる血筋ではない。むしろ父親不明(形式上)の私生児だ。母親は普通の町娘で、うちの隣に住んでいた。それで平民の俺と幼馴染として一緒に育ったのだ。  ただ、彼には強力な後ろ楯がいた。  世界中に信者のいる宗教のお偉いさんだ。  ……ま、はっきり言うと、そいつが実の父親だ。  父親は息子が聡明で向上心が強いことに、早くから気づいていたようだ。平民としては破格の教育を施した。  それはいずれ自分の手駒にするためだったが、コルネリオはそんなことはお構いなしに吸収できるものは全て吸収し、予想以上の大物になった。  そしてメッツォの王家が国民そっちのけでお家騒動にかかりきりになっている隙に、仲間と、父親がくれた援軍とでサクッと王位を奪った。  ちょうど十年前のことだ。  平民出身のコルネリオは、平民の気持ちがよく分かる。内政は国民第一をスローガンにし、実際に善政を行い、国民からは絶大な支持を受けている。  一方で親子揃って野心家であるゆえに、周辺国から国を守るだけでは飽きたらず、些細な理由を見つけては攻めいって圧勝し、確実に支配下に置いてきた。  滅ぼした王家から奪い取った財宝は売り払って金に変え、気前よく兵士と国民に還元をする。  そりゃ人気も出るっていうものだ。  コルネリオは私服を肥やすことには興味がなく、欲しいのは覇者の称号だけ。元々この地には大きな帝国がひとつあり、それが分裂して今の小国だらけの状態になったのだ。彼は全ての小国を支配して、かつての大国を再興するつもりでいる。  そんな彼は、時おり暇潰しに気まぐれなことをするのが好きという、子供のようなところがある。  だからエレナの採用もいつもの気まぐれだろう。この女が、男しかいない軍人の世界でどこまで出来るのかを見て楽しみたいに違いない。  全く。俺はクレトのような真面目で使える従卒が欲しかったのに。厄介事の予感しかしない。
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