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最終話「願いの途中で、鏡を割れ」
(THẢO TĂNG VĂNによるPixabayからの画像 )
「……真奈……何してるの?」
私は、おそるおそる尋ねた。
いつもはキラキラして笑っている双子の姉が、顔にしわを作り、痛さを我慢しているような顔で、机の上の鏡を割りつづけていた。
「……真奈」
そっと、真奈の肩に手をかける。真奈がハッとしたように、手を止めた。
大きく目を開いて、鏡のカケラを見ていた。
自分のやったことが分からないように。
自分のやったことに、後悔すら、感じないように。
ぽつん、と真奈は言った。
「陽菜が、うらやましいの」
「……えっ?」
そんなバカな。
この家で、誰かをうらやましがるのは、私の役目だ。
算数とテニスとピアノが得意な、真奈じゃない。私のほうだ。
でも、真奈は私を見ずにゆっくりと口を開いた。
「……陽菜は、字があれば別世界に行けるじゃないの。私には、読めないのに」
生まれて十三年。あれほど驚いたことはなかった。
「読めないって……真奈、学校でちゃんと授業うけてるじゃん」
「教室で座っているだけだよ。黒板の字は、いつだってぐにゃぐにゃのカタマリに見える。
私には字が、鏡に映る模様みたいに見えるの。数字は図形に置き換えて計算するけど、ほかの字はギザギザのカタマリ。
仕方ないから、ママに教科書を全部よんでもらって丸暗記しているのよ!」
うわああん、と真奈は泣きだした。
「陽菜はずるい!
いつだって、さらさら本を読んで。世界を広げていける。
私だって読みたいのに!」
真奈は、泣き止まなかった。
私はどうしようもなくて、泣きつづける真奈をぎゅっと抱きしめ続けた。
いつだって。
神さまは不公平だ。
才能を適当に振りまいて歩くから、濃いところ・薄いところができる。
真奈の頭上には、輝く魅力が降ってきた。そして私には、文字が。
どうしようもない。どうしようもない。
それは、神さまが勝手に決めたギフトだから。
でも、私たちはいま手の中にあるもので戦うことができる。
長さの足りない剣でも。飛距離の短い弓矢でも。ふたりで使えば、きっと願いはどこかへ届く。
ひとりじゃないから。
私と真奈。
陽菜と真奈だから――。
あれから七年。私は大学へ行き、真奈は家を出て、劇団で俳優を目指している。
毎月、私のところへ台本が届く。
私は音読し、データをUSBに入れて真奈に送る。
真奈はそれを聞く。セリフを覚える。暗記する――。
あの日から、私は真奈の鏡になった。字を映す鏡。真奈の願いを映す鏡に。
私たちは双子で、はじめから二人で一人なのだから。
そして私達は今、それぞれの願いの途中にいる。
【了】
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