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願いのために差し出した物は1
顔に水の滴がポタポタと降り落ちて、ムッピの体毛が濡れる。
ムッピの頭上にあるオルミくんの涙が頬を伝い、それがポロポロこぼれて顔へと落ちてきた。
ずらしていた自分の目の焦点をオルミくんに合わせ、感情をこれ以上あふれ出さないように歯を食いしばり、声を押し殺して泣くオルミくんの姿を直視する。
オルミくんの目を見ている内にムッピの目も熱を帯びて、流すまいとした涙がいっぱいになりベンチへと落ちた。
ムッピのしたことって、一体何なんだろう。
ユピにとってムッピのしたことは、もしユピが知ったら心が軋むと最初から分かっていたこと。
オルミくんはユピが助けに行けなかったとしても母親には殺されず、赤ん坊で命を終わらす定めではなかった。
オルミくんの元の一生が狂った根本は母親の件ではあり、子どもと一緒に心中しようとした母親は身を守ろうと力を発したオルミくんに念で弾き飛ばされ死んだ。
彼を生んだ人もまだ未成熟な13歳になったばかりの少女で、生まれたときから巫女として国に奉仕することを当然とする生活を強いられ、次代を残すために霊力を使った単体生殖でオルミくんを身ごもった。
トゥーお姉さんの息子の子孫たちは巫女として北の大国に囚われて、繁栄を招き支えるための道具にされていた。
無理な血族間の交配で生まれる子も育つ子も少なく、オルミくんの母親が最後の1人で彼女自身も体が弱かったそうだ。
成人は迎えられないと言われた巫女は、亡くなる前により濃い血を残すよう命じられた。
幼く脆い体で子どもを出産したばかりの母親は弱っていて、体に受けた衝撃に耐えられなかった。
正当防衛だけどオルミくんは周りから、自分の母を殺したと恐れられた。
オルミくんは殺されそうになったから怖くて死にたくなくて、自分の身を守っただけなのに。
国の上の人間たちは自分たちが望んだ巫女の子どもを畏怖して、飲み物・食べ物に精神を弱らす薬を混ぜ与えオルミくんを人形にした。
そして最終的に戦争に勝つための呪具を作る材料として、オルミくんの体を壊して命を奪った。
ユピはオルミの運命をどうしても変えたくて歪みのない時間枠で自分が育てて守りたいと願い、ムッピはお願いを実現できたらユピは幸せになれると思って力を貸したのだ。
肉体を失ってもユピの魂が誰にも気づかれず現世に留まれるように、ユピが魂の身で実体化できるように。
「オルミくんはムッピがユピと会うのに力になってくれるの?本当に…」
ムッピだってユピを泣くのも悲しませるのも嫌なんだよ、オルミくん。でもムッピはユピと会えたら会えたで、もっとユピの心を傷つけて痛くさせるかもしれないんだよ。
「なるよ、信じて!」
ねえ、オルミくん。ムッピのしたことって間違ってたのかな?
意味も何もなかったのかな?
「オルミくん。ユピはいつも琥珀…金茶色の小さい水晶玉みたいな物がついた黒い紐の首飾りをつけているでしょ?」
「うん、いつもずっとつけているよ」
「その首飾りの玉の中身はムッピの魂」
♦ ♦ ♦
ユピが願ったことを叶えてもらうために、ムッピがヌシさんに代償として差し出した物が2つある。
その1つが、ムッピ自身の魂。
「…ユピにはある願いがあって、ムッピはユピの望み通りにしてあげたくて。それにはムッピの魂をユピが持っていなくちゃダメだから、ユピには内緒で首飾りにして渡したの…」
ムッピが告白した内容は軽くはなく、オルミくんの表情は曇った。
ユピがムッピを見て全てを知ったとしたら、いまのオルミくん以上に泣きそうな顔をするだろう。
「いまのムッピは魂の他にも、生まれたときに家族・親族からもらった加護がない。加護は水の加護で言うとムッピが水の力を借りやすくしてくれるもので、水神がお祝いに与えてくれる。ユピももらった。それがいまムッピにはない」
「ユピの願い事を叶えてあげたくて叶えてくれる人に代価の形で、ムッピを知っている人たちの記憶からムッピが消えるようにした。お父さんもお母さんも他のムッピを知っていた人たちも、みんなもムッピを知らない。その人たちの記憶の中からムッピはいなくなって加護もなくなった」
ムッピの肩に置かれているオルミくんの両手が、小刻みに揺れる感触がする。薄く開いた唇も体も全て、微かに震えている様子がムッピの目に映る。
オルミくんの瞳の表面を覆う涙の膜は厚みを増して、流れる涙の量はもっとたくさんになった。
泣きすぎて白目の部分も目元も赤くなってしまっている。
ユピが生まれたばかりのオルミくんを助けに行けなかったら、オルミくんは無事に育つことができなかった。
ユピが閉じ込められていたあの世界から外に出て行くためには、ムッピの魂とみんなから忘れられることが必要だった。
ユピに会いに行きムッピの魂が入った首飾りとムッピが近づけば、共鳴が起こり首飾りの中身が何なのかユピにすぐ分かる。
ムッピを一目見れば、加護を失っている理由も分かる。
ユピはムッピなんかより、ずっとずっと優しい子。
自分の力が誰かの迷惑になることを恐れて、淋しい孤独な世界で耐えてきた。ムッピがしたことはムッピが自分で選んだことでも、ユピはユピのせいだと思って自分を責めて泣いてしまう。
魂と記憶を代償にすれば、そうなるだろうと予想できた。
だけどユピをオルミくんの元に行かせて一緒にいさせてあげるには、あの方法しかなかったんだ。
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