あの子の幸せを叶えよう1

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あの子の幸せを叶えよう1

オルミくんに抱っこされながらしばらく泣き続けて気持ちが落ち着きはじめた頃に、首に下げている緑色の玉が光った。 点滅するように光は強くなったり、今後は弱くなったりを繰り返す。 『存在認識防止の効果が保たなくなってきている?』 隠れ家にいったん戻らないとと思ったところで、オルミくんの向こう側に東屋へと近づいてくる人影が見えた。 ムッピが登ってきた丘の方向とは逆の向かい側の小山を下り、こちらに来る2つの「人」影の姿を目をこらして見れば人ではなく、ムッピのような珍妙な生き物だった。 影の1つは色んな世界の西洋地域でよく作られるお菓子、人型に抜いてこんがり茶色く焼いたジンジャークッキーそのもの。 複雑に作られた物じゃなく人の形を簡単に表した首を省略して、胴体の上に丸い頭がのっかっているような人型の。 遠目だが体が大きいと感じられるので、中肉中背の人間男性くらい背丈があるのでは。 顔には眉・目・口がつけられており紺青の玉が飾りとなっている目と口に、茶色い何かでできた下がり気味の眉がゆるく愛嬌のある表情を作っている。 丸い頭部から足まですっぽり何種類もの強力な結界に覆われているためか、虹色に輝く光の膜が体の表面にはってあるように映る。 もう1つの影は黒い毛皮を身に着けた白い雪だるまで頭と胴体が真ん丸く、頭の丸は下の体より一回り小さい。 胴体を覆う毛皮のマントの下からは短い足が出ていて、靴を履いてトコトコ歩いている。 マントの下には多分腕が隠れている。 見かけは雪だるまにそっくりだけど、手足があるので雪だるまではなく違う何かだ。 雪だるま似の何かに眉毛はないが眉間にあたる部分にシワが寄り、元は丸いだろう黒い目玉が歪になって鋭い目つきになっている。 ややギザギザした白い歯をむき出しに見せて開いた口はかなり大きい。 何か怒っている表情の雪だるま似の人影は眉間にシワが寄るから柔らかい皮膚を持ち、口の下にきちんと歯があるから雪だるまではなく生き物であるのは確か。 影たちの姿形からムッピは誰だか予想がついた。 「おーい、オルミ。帰りが遅いから自分とナッツさん迎えに来ましたよ」 「オル坊くん!暖かいの何も羽織んないで外の東屋にいちゃダメでしょが!帰ろう!おやつ!おやつの時間!オル坊くん好きな中が餡子クリームのクルミビスケットで、ちょっと持ってきたから味見しなっ」 大きな人型ジンジャークッキーが、オルミくんに向かって呼びかける。声が渋くて低い。見た目と声の印象がかなり離れている。次にオルミくんを呼んだ雪だるま似の生き物は、ムッピみたいに人の幼児のような声をしていた。 ワンパク小僧っぽい。餡子クリームが入ったクルミビスケット?おいしいのかな? 「あっ、おカシさんとナッツさん」 オルミくんが口にした名前。 やっぱり人型ジンジャークッキーがおカシさんで、雪だるま似の生き物がナッツさんだった。 オルミくんが話してた通り、まんまな姿をしていたのでそう思ったんだ。 ♦           ♦         ♦ 「オル坊くん何で抱っこしてる格好してんの?透明生物とか保護してるのか?」 おカシさんより先にもう東屋の入り口まで到着していたナッツさんが、ムッピを抱きかかえているオルミくんを見て訝しんでいる。 「ナッツさん透明生物って何言っているの?見えてないの?」 と、オルミくんも不可思議な表情でナッツさんを見返した。 ムッピは首飾りの効果により自分から干渉しないと認識されないので、おカシさんとナッツさんには姿が見えない。 その首飾りはいま正に効果が切れそうになっていて、切れたらナッツさんたちに姿を見られてしまう。 『どうしよう!まずい!この世界から一回去って隠れ家に帰らないと!』 オルミくんの腕から体を出すためにジタバタ全身を動かす。 「急に落ち着かなくなってどうしたの!?お腹痛い?おカシさんとナッツさん怖い?大丈夫怖くないよ」 ムッピの行動を勘違いしたオルミくんがユラユラと、手と腕を揺らしてムッピをあやした。 『違う!腹痛でも人見知りでもないんだ!首飾りの危機なんだよ』 そう言いたかったけど認識防止の力がなくなりかけているから、声を出すと姿に気づかれるかもしれなくて言葉で返せなかった。 ブンブンと頭を振り指で首飾りを指して、オルミくんに慌てている理由を伝えようとする。 「首に巻いているもの?苦しいの?」 首飾りよりも緑のマフラーに目が行ったのか、オルミくんが少しズレた読みをした。両手で銀の鎖を握り主張するために、カチャカチャと鎖を激しく揺らして音を立てる。 「首飾り?何だか変にチカチカ光ってる。それで困っているの?」 分かってくれた!その通りと今度は頭を上下に動かしてうなづいた。 「ちょいオル坊くん、その赤ちゃん誰!?」 ムッピたちがいる方から見て右横にある入り口に立つナッツさんが、こちらを右手で指さして驚きの声を上げた。 左手にどこから出したのか、大きめな水晶玉を抱えている。 何で見えている?効力がもうなくなった? 「ナッツさんいまは見えているの?」 「水晶玉通して診たよ!誰だい赤ちゃん!?ユピ坊やの色違いみたいな、その赤ちゃんは!」 ♦           ♦         ♦ 「誰って…その…」 オルミくんはナッツさんの方に少し目線を向けた後、ムッピを見て言葉をにごした。ムッピが「誰か」をナッツさんに明かすのを、ムッピの様子から察して避けてくれたのだ。 でも本当にどうしよう。オルミくんがムッピのことをナッツさんたちに黙っていてくれても、ムッピが誰なのかって疑問をそらすことにはならない。 最初から考えていた通り催眠術をこの場にいるみんなにかける…のが、いまの大問題を切り抜けるたった一つの方法かもしれない。 だけど催眠術をかけたらムッピの話を胸を痛めてきいてくれたオルミくんからも、ムッピについての全ての記憶は消去されてしまう。 催眠術が得意でも対象からオルミくんだけ外す器用さはない。 ユピのために何かしたくて頑なに周りの親族たちに同調せずに一人で暴走して、結局は空回りしているだけのムッピをオルミくんは否定も責めもしなかった。 それどころか受け止めて、救いの手を差し伸べてくれようとした。 代償として親兄姉たちに忘れられることを選んだとき「構わない」と思う心の他に、ほんの少しだけど悲しいと思う心もあった。 オルミくんに忘れられる。この人の中からムッピが消えることは、「構わない」なんで思えない。悲しくて淋しくてたまらない。 こうしている間にも首飾りの玉はどんどん力を失ってゆく。ムッピの存在を隠す力。 ーここにいるみんなに術をかけて立ち去って、その後はどうするの。 ユピを傷つけるから会わない。いま現在でムッピのせいでユピを悲しませているのも、ユピを傷つけていると同じだ。 逃げて逃げてを続けたらユピを幸せにする願いは永遠に叶わない。 もうナッツさんに姿を見られている。ムッピがユピに会う道を選ぶなら、これがムッピに与えられた最後の機会なのかもしれないー ムッピは目を閉じ静かに深呼吸し、自分の覚悟を決めるために気持ちを整えた。 目を開けてオルミくんの顔を見上げる。 何か言おうと唇を開きかけたオルミくんに、ムッピはニッコリと笑いかけた。 『安心して大丈夫』 オルミくんはムッピの言いたいことを、きっと分かってくれたんだと思う。 唇を開くのをやめて口を結ぶと、ゆっくりと小さくうなづいた。 ムッピは頭を上げて東屋の屋根の上、白い雪が舞う空の向こうにいるヌシさんへと顔を向ける。 「ヌシさん。ムッピがこの世界に来る前に言ったこと破ります。ムッピはユピに会わないと言いました。でもユピに会います」 「ムッピが顔を見せてユピが幸せになれるか分からないけど…。ユピを本当に幸せにするためにムッピはユピに会いに行きます」
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