ひいひい祖父母のヌシさん2

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ひいひい祖父母のヌシさん2

フワリと空気全体が柔らかく動いて、ヌシさんの答えが返る。 『そうだね。ユピのいまを見に行ってごらん。ユピがいまいる世界は【ネレウタラシュ】という。その中にある【カヌイラ】と名のついた小さな島で暮らしているよ』 「ネレウタラシュ…、のカヌイラ…」 『ネレウタラシュにはね、何百年か前にキミの姉である【トゥー】が暮らしていたことがあるんだよ』 トゥーお姉さん。名前は知ってる。 父さんと母さんが、ムッピのお姉さんの一人だよと名前を言っていたことがある。 でも…、会ったことはない。 ムッピとユピが生まれる前に亡くなった兄姉の内の一人だから。 トゥーお姉さんは顔を知らない死んだ他の兄姉たちよりも、ムッピの中では印象が強く残っている。 ユピの「大事な子」に関わる存在だからなのか。 『カヌイラに、すぐ行ける道を開いてあげよう。雪がたくさん降る寒い地域だから、オムツをしてお腹を温めて行きなさい』 「オムツ、はーい」 丸太小屋に向かい、大切なものをしまう「ひみつ箱」を開ける。ムッピたち兄弟姉妹は生まれたら、みんな「ひみつ箱」と「ないしょ箱」をもらう。 どっちも見た目は神木の木で作られた宝箱に見えて、表面に水晶や翡翠、紅玉や瑠璃などの小粒な宝石が、きれいな飾りとしてあり立派な外見。 大きさはムッピの両手のひらに収まるくらい。 大切な物はひみつ箱へ入れ、他人に見られたら困る過去の失敗物などはないしょ箱へー。 生まれて50年目のムッピは、まだお腹を壊しやすい幼体になる。 ヌシさんがほぼ作ってくれたいまの空間から外に出かけるときには、お腹を温めてくれるオムツが必要なのだ。 オムツは別に、股間を隠すためにはくのではない。 おしっこを出す器官と肛門の穴はあるが無性別のムッピにとって、秘所隠しとしてのオムツは不要。 要るのは、お腹を冷えから守ってくれるためのオムツである。 一人前の成体になるまでに、お出かけにはオムツが手放せない。 「オムツ、出す」と唱えると、ひみつ箱からフワフワした白いオムツが飛び出てくる。 ひみつ箱には物がたくさん入っているので出したい物を出すときには、目的の物の言葉を口にすると出る仕組みになっているのだ。 手触りのいい生地のオムツを、まず右足から次に左足をオムツの穴に通して履く。 おへその上まであり温かい。 寒いと言っていたから、くつ下とマフラーもいるかな? ひみつ箱にくつ下とマフラーも出すよう唱えて出し、緑色のマフラーを首に巻き同じ色のモコモコ毛糸のくつ下も履いておいた。 くつ下が濡れたり破けたりしないために、裏表全体に結界をはり対策もしておいた。 防寒対策は、これできっと完璧だろう。 ♦         ♦          ♦ ひみつ箱のふたをしまい、「ヨシ!」と右手でお腹を叩いて気合いを入れる。 準備をすませたので、ヌシさんを待たせないように早く戻ろう。 扉がついていない丸太小屋の入り口から、また外に出る。 この小屋は適当な造りで四方の壁の真ん中に開けた丸い窓にも、ちゃんとガラスとかを入れていない。 出入口と窓という名の大きな穴が開いているだけ。 扉もガラスもついていないので、どこからでも出入りできて便利なんだけど。 丸太小屋の中も奥の方に、ひみつ箱とないしょ箱をのせている昔に親戚の誰かにもらった丸い小さな木のちゃぶ台と、赤い丸座布団があるだけでちょっと殺風景。 落ち着いたら模様替えして、楽しくおもしろい感じにしよう。 「ヌシさん、お待たせ!準備できた」 『おお、マフラーとくつ下も、ちゃんと用意したのか。お利口だね。じゃあ、入り口を開こう』 ヌシさんはムッピをほめた後、空間にパッカリと黒い穴を開いてくれた。 ここを通っていけば、ユピが幸せになったかを知ることができるんだー。 『そうだ、ムッピ。存在の認識防止の首飾りは持っているかい?』 あっ、忘れていた。あれがないとマズい。 外界に出て他の神族や精霊たちに、ムッピの存在が分かったらいけない。 「持ってきてません」 『一番重要な物を忘れてしまったね。ワタシも言い忘れてしまったからね。また取りに戻るのは大変だから、こちらを持っておいき』 大きい頭とフワフワの体毛でないように見える首元に、お星さまに似た小さな光が集まって首飾りの形になる。 完成した見た目は、翡翠の玉に銀の鎖がついたシンプルな首飾り。 よくありそうな物だけど翡翠みたいな玉は緑が濃くよく磨かれた上質さがあり、すごくキレイだった。 『マフラーの色に合わせてみたんだよ。とりあえず今日は、それをつけていくと良い』 「あ、マフラーと…。ありがとうっヌシさん」 『ムッピは力が大きいから、存在を感知されないように保てる効果は仮の物だとごく短い。あまり長居はしないように』 「気をつける」 『言葉をキミからかけると相手に感知されるので、そこも気をつけるんだよ』 「何もしゃべらないでいるだけなら、透明人間みたいになるの?ムッピの存在」 『そんなところかね』 前にもらっておいた存在認識防止の首飾りも、正直効果について理解が曖昧だった。 そういう仕組みだったのか。疑問解決。 『ユピの様子を見に行く前に言っておくが、ユピがいま実体化して現世にいられることの代償については、頼まれた通り明かしていない』 『だが…ワタシが思うにユピはキミが何かしたのではないか、あの子はそう考えている気がする。代償について話したくないのかもしれないがー、ムッピ。ユピと直に会ってはー』 「会いたいけど、会ったら気づかれちゃうっ」 「ムッピが何をしたか、きっとユピは分かる!全部知ったら、ユピを悲しませる!」 「だから…こっそり見るだけにする。ごめん、ヌシさん。ありがとう」 『すまないムッピ。余計なことを…。さあ、邪魔したね。お行き』 「はい。いってきます」 冷たくそびえ生える水晶の群れと冷たい岩肌に囲まれた洞窟で、胎児の頃から死ぬまで独りぼっちで閉じ込められていたユピ。 その一生の中で、どれほど悲しい思いをしたことだろう。 ムッピが何をしたかなんかで、悲しませることはしなくていい。 ねえ、ユピ。 いまは幸せ?笑っている? 毎日楽しく過ごせている?さびしいことはない? 生きている間に、ムッピはユピに幸せをあげられなかった。 どうか、いま幸せになっていて。 ムッピはユピのいる世界へ続く空間の黒い入り口に、一歩足を踏み入れた。
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