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『ザッ……おはようございます。西暦ザザッ……年X月X日、朝のニュースです』
二十世紀の遺産であるラジオから、ノイズ混じりの女声が聞こえてくる。
『本日の天気も快晴、気温は四十ザッ……度。ザザ……の雨の無い日は、連続三千とザッ……日を記録しました』
文明の頂点を極めた人類は、惑星の資源を喰らい尽くし、環境汚染を顧みる事無く。
結果、都市は次々と崩壊し、エネルギー供給施設はメルトダウン、自然は枯れ果て、海は干上がって。
まともに生物が住めなくなった地上には、ごく少数の生き残りがシェルターに避難し、保存食を食い潰しながら、漫然と滅びを待つばかりになった。
大気が循環しないため、十数年前から雨を見ていない。雲の無い空から降る太陽光は毒だ。
『ザッ……ではここでお聴きください』
ラジオから、数百年前の、雨の日に愛しい人と出かける恋歌が流れる。いつもこれだ。まるで雨乞いのように。
『雨を見たいの。きっとどこかで降ってるはず』
私の愛しい人は、そんな夢を見て、防護服も着けずにシェルターの外へ飛び出し、紫外線に焼かれた酷い姿になって、回収された。
雨など降らない。待っても乞うても願っても、彼女と同じ。この世界には帰らない。
嗚呼、だけど、叶うなら、雨音が聞きたい。大都市の高層マンションの一室で、窓を叩くザアザアという音をBGMに、彼女と肩を寄せ合いながら、ちょっとだけ高いワインをちまちまと呑んで、他愛無い会話を交わしていたあの頃に、もう一度戻りたい。やけっぱちに、旨味など無いアルコールをあおいだ時。
ザアーッザアーッ。
懐かしき音が鼓膜を叩いたので、ひびの入ったグラスを古いテーブルに叩きつけ、立ち上がる。
ザアーッザアーッ。
「雨だ!」
私は叫んだ。
忘れるはずが無い。この激しく地面を打つ音。子供の頃から、彼女との幸せな日々に聞いたあの音と、寸分違わない。
胸元のペンダントを握り締める。そこにぶら下がるヘッドには、彼女の遺灰が込められている。
さあ、一緒に行こう、雨を見に、シェルターの外へ。そしていつかの夜のように、雨音をBGMに、お酒を飲み交わそうじゃないか!
ザアーッザアーッ。
老いさらばえた男が踊り狂ったように飛び出していった、汚れ切ったシェルターの一室で、ラジオが流れ続ける。
その合間合間に、女声が挟まった。
『曲の途中ですが、このザアーッ……も終わりを迎えそうです。ザザー……皆さん、さようなら』
後には、ザアーッザアーッと、雨音に似たノイズが残るばかり。
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