1人が本棚に入れています
本棚に追加
episode1 始まり
とある国の路地裏で朱にまみれた男性二人がたっていた。その男たちはどちらも日常生活ではありえないほどの血を浴びていた。
「今日も順調に依頼が終わりそうだな、俊煕」
「そうだな」
俊煕と呼ばれた男は仕事が終わったことへの安堵感とこれからも晒される命の危険に身をこわばらせた。
そんな俊煕とは正反対の思考を持った相方は呑気なことをつぶやいた。
「今日は早く風呂に入りたいな」
「確かに。今回も派手にやらかしたもんな。つーか、俺らって世間的に見たらただの犯罪者だよな。」
つい先ほどまで生きていた人間を足蹴にしながら俊煕は相方に問う。
「まぁね。でも、どれだけ犯罪にまみれても、罪を重ねても仕事が減らないのも事実だろ?」
「ほんとは俺も平和に暮らしたいよ……。梓豪はどう思う?」
能天気な男、梓豪と呼ばれた小柄な男は俊煕の些細な問いにすこし突っかかりを感じながら答えた。
「俺は、そうだな……平和が何を定義とするかによるな。」
「例えば?」
俊煕は思いもよらなかった回答に若干の驚きを感じつつそう答えた理由を聞いた。すると梓豪は思いたったようにして薄汚れた手袋を外した。
「例えば、俺らが暗殺をして、救われる命が少しでも増えるならそれは平和だって思う。けど、」
「けど?」
「仮にその本来救われるはずだった命を犠牲にして始末すべき命が何も知らない顔をして世の中の『平穏』とされるもの感じていたらどうする?生きるはずの人間が死んでどうでもいいやつが生き残る。だから俺は何をもって平和というのかによる。」
「確かに……。明確な定義があるならそれに沿って行動すればいいよな……」
これで納得がいった、と言わんばかりの顔で俊煕は梓豪の方を向いた。確かに、何かの犠牲なくして成果は得られない。しかし、何も犠牲にしなくて成果だけ得ようなんて虫がよすぎる。
「まぁ、そんな事を今更考えたって無意味だと思うけどな。俺たちは単に上層部からは『周りより少し優秀な駒』としか見られてないのが現状だ。」
「納得したくないけど、実際そういう扱いだからなぁ。もうちょっと丁重に扱ってほしい。」
「それな。特に給料あげるとか」
「ほんとな。俺ら多分この業界の中でトップぐらいの実績持つのにさ」
重いテーマから蔵替わりして急に軽いノリになった。
しかし、ここでいくら上層部の自分たちの扱いに文句を言ったってなにも変わらない。
「とにかく帰ろーぜ」
「そーだな。あ、今日は自分の家に帰れよ」
同意はしたものの、俊煕はふと、あることを思い出した。
『梓豪が自宅に帰らない』ことだ。
「やだー。俺は俊煕と同棲するんだー!だって飯はうまいし、掃除はしなくていいし、家賃は半分だし!」
「後半に関してはお前がズボラすぎるゆえの不可抗力だろうが。全く。可愛い後輩に何やらせてんだ」
「なんだとー?!俊煕、もっかい言ってみろー!」
流石に業界での先輩の威厳に関わったのか興奮気味の梓豪が俊煕の方を見た。
「あぁ何度でも言うよ。梓豪、お前がズボラゆえに俺は自分の家事+お前の身の回りのことをしないといけない。そして、この際言わせてもらうが今まで先輩らしいことといえば……なんかあったっけ?」
俊煕は今までの梓豪が先輩らしい事をした記憶を探していた。本当はスッと出てくるはずのモノなのに全く思い当たらない。
「おい、俊煕。それは仏の梓豪と言われた俺でも切れるぞ?」
「ごめん、梓豪。思い出せないや。」
本当は先輩としての思い出もきちんとあるはずなのだが、あまりにも普段がズボラすぎてその記憶は他のどうでもいい記憶に埋められてしまったようだ。
「はったおすぞ」
何か思いだすかもと思って期待したらまさかの上げて落とされたからショックを受けた梓豪は腹の底から低い声が出た。
「とにかく、自宅に帰ってくれです。梓豪先輩」
「お前……本音と建前混ざってるぞ……」
梓豪に呆れられながらも帰路に向かう俊煕に迷いはなかった。
最初のコメントを投稿しよう!