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仕事を終えた後、二人は己の立場も忘れて男子高校生のようにぎゃいぎゃい騒ぎながら帰った。
俊煕の自宅に着いたとたん俊煕は梓豪に向き合った。
「あのさぁ……」
「ん?どうかした?」
「俺、十数分前に『自分の家に』帰れって言ったよな?」
確かに十数分前に俊煕は梓豪に『梓豪の』自宅に帰れといった。しかし、梓豪は覚えているのに忘れたフリをした。
「そうだっけ?」
「まぁいいか。いつもの事だし」
「え、まじ?じゃあ今日も泊ってもいいってこと?!」
梓豪はしらばっくれていつも通りの些細な言い合いをすると思っていたがすぐに俊煕が折れたので少し拍子抜けした。
「あぁ、いいよ。でも、その代わり……」
梓豪が浮かれているが、そんな事はお構いなしに条件を付けくわえるのもいつもの事だった。おそらく俊煕の自宅周辺の近隣住民は見慣れ切った光景だろう。
「やったー!今日も俊煕の手料理が食べられるー!」
「おい、話聞けって」
浮かれ切って思考がふわふわな梓豪の肩に俊煕は手を置いた。
「え、何?」
「その代わり、明日の朝飯はお前が段取りしろ。それと今日の風呂、先に入らせろ。」
「なんだ、そんなことか。いいよ、先に入りな。」
飄々とした態度で言い返す梓豪に俊熙は何も言えなかった、
後輩に何もかも面倒を見られているのにどうして上から目線になれるんだと、一つため息をつく。
「あ、ごめん梓豪。電気付けて」
「はいよー」
家のドアを開けると冷房がついていなかった部屋の温度が一気に押し寄せてきた。かれこれ2日間家を留守にしていたのだ。特に国の工業化を進めるためのビルや工場が大量にできたせいで都市部がヒートアイランド現象を起こし、都市部に近いこの場所も影響を受けているのだ。
「あっついな」
「さすがにな。つーかもう1時?」
「もうそんな時間か。まぁとにかく風呂入ってくる。」
「いってらー」
梓豪の発言により今が夜中の1時ということがわかった。正直まだ日付は変わっていないと思っていた俊煕は時間の流れは速いなとつくづく思う。
「あ、梓豪こっち向いて」
「んー?」
返り血まみれの相方兼先輩は素直にこっちを向いてくれた。
蜂蜜をベースとした琥珀色の瞳と目が合った。いつも見慣れているはずの瞳に引き込まれそうになった。普段の彼ならさして気になりはしないが今日は何故か魅力を感じてしまった。具体的な根拠はないが、いつか彼が遠くに行ってしまうような気がして。そうなってほしくないからか、呼び止めてしまったのかもしれない。
「俊煕?」
「あ、ごめんな。じっと見て……」
血まみれのコートに手をかけた後にようやく相方を呼んだ目的を思い出した。
「生乾きのまんまソファーに座るなよ。」
「あ、ホントだ。」
そうだ、この前ソファに血が渇いてない状態で座ったら他人の血液がついたんだった。幸い、すぐに立ち上がってウェットティッシュに重曹しみこませたらとれたから良かったが。
「やっと風呂だ。」
目の端で相方が血まみれのコートを脱いだのを確認して風呂場に向かった。
「ふぅ……」
風呂場に入ると同時に俊煕は白く温かい湯気に包まれながら一息ついた。
「痛っ」
いつの間にか動いていたシャワーヘッドを自分の方に向けた瞬間、俊煕は顔をしかめた。前の仕事でつけられた傷痕がぱっくり口を開けてしまったのだ。
「やっべ。早く止血しないと。」
止血といってもそんな大量に出血しているわけではない。だが見るからに絆創膏でふさがる大きさの傷じゃないので俊煕はくつろいでいるだろう相方を呼んだ。
「梓豪、タオルと包帯持ってきて」
「んぇ……?タオルと包帯?何があったのさ?」
パートナーが大変な時でも相変わらず呑気な奴だ。しかしこれでも腕はたつので多めに見ている。
「この前の仕事の時に脇腹切られた時の傷が開いた。」
「まじか。急いで持っていくわ。」
「頼んだ。」
今日は梓豪がいてくれてよかったと思う。おそらく俊煕一人だったら慣れているとはいえど対処に遅れて出血量が増えていただろう。
「ほい」
「ありがと」
声をかけながら梓豪は俊熙の傷をまじまじと見る。
「大丈夫そ?」
「……大丈夫じゃない」
「そっか、じゃあこっち向いて。応急処置しとくから」
無事タオルと包帯を確保したが動くたびに血がひどく飛び出す脇腹を抱えた状態で自身の処置は難しかった。
「明日報告終わったら病院行こうな。さすがにこれはひどすぎる。」
「わかった。」
おとなしく梓豪の方を向き、シャワーで血を流されたあとタオルでにじみ出る出血を吸い取った。
「あのさ、こんな時に言うのもあれだけどさ、あんまりじろじろ見ないでくんねぇ?はずい」
「お前の裸体なんて飽きるほど見てるよ」
絶対本来言うべきタイミングじゃないし、相手だって仕方なく見ているに違いないのにと、脳内で一人反省会をした俊煕だった。しかし、そんな俊熙でさえも梓豪は受け止めた。
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