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「消毒するときは一声かけろよ」
「わかってる。はい、じゃあ行くよー。せーの!」
「痛っ……!染みる」
切り傷に消毒液が浸透してむき出しになった肉がひりひりする。思わずその痛みに身を震わせてしまうほど消毒液は攻撃力が高かった。
「はいはい、我慢してくださいねー患者さーん」
気を紛らわせようとしてくる梓豪だが、手つきは全く優しくない。
「だから痛いって」
「今染みないようにゆっくりやってるでしょー?もうちょっとだから我慢しなー?」
さっきからゆっくり痛くないようにと調整はされているものの、痛さはあまり変わっていない。むしろ早く終らせてくれとまで思ってしまう。
「はぁ……疲れた。」
あの後しっかり消毒してタオルで水や血をぬぐったりして俊煕は風呂から上がった。が、実際は髪を洗っただけで体は包帯をしているといえど傷口が開いてはいけないから、と濡れたタオルで拭いたに過ぎないのだが。
「お疲れ様。もう傷口は触るなよ?」
「はいはい。わかってるって。」
「じゃあ風呂入るからおとなしくしてろよ?」
「お前じゃないんだから……あ、私服持って行けよー」
散々釘を刺されておとなしくなった俊煕は梓豪が風呂場に向かったと同時に腰を下ろした。
「水飲も」
一旦座ってすぐに立った意味はないに等しいが取り敢えず余計な事を考える前に水を飲んでしまおうと思った。
「冷たっ」
冷蔵庫に保存してあった水はよく冷えていて乾ききったのどを潤すのには十分すぎるほどだった。
「あがったどー」
水でのどを潤していると梓豪が風呂から上がった。自分の家の如く半裸スタイルで徘徊するのは単純に遠慮がないからか、他人の視線を気にしない鋼メンタルなのか。
「湯加減いかがでしたか?」
深夜で頭が働かなくなった俊煕はつい脊髄で生成したワードを放った。
「いい感じだったよ。あ、今日の飯はいいから。」
「ん。わかった。」
そもそもまる二日何も食べていない体になにかいれるのは無理に等しかった。
睡魔が襲ってきたからか、二人とも腹は減っていなかった。挙げ句、さっきまで血生臭い所に居たせいもあってか食欲はまるで湧かなかった。
「ごめん、俊煕。俺眠すぎて死にそうだから寝るわ。おやすみ」
「あー、俺も寝る。じゃあ電気は切ってていいな。」
「うん。じゃーなー」
梓豪は来客用の部屋に戻り、俊煕は痛む脇腹を抱えながら自身の寝室に戻った。
「暑いな。」
人工的な暑さを全面的に受けていた部屋はサウナのように熱かった。急いでエアコンをつけるとゆっくりと動き始めた。そして何を思ったのか俊熙はふと、アルバムを開いた。
「……この時はちゃんと笑えてたんだな。」
アルバムを開くとそこは一つの別世界としてひろがっていた。自分自身の幼い無邪気さと笑顔で彼は笑みが漏れた。今では笑おうと思っても笑えなくなってしまったが、こうして幼い自分に励ましをもらっているだけまだましといえるだろう。
トントン
昔の写真を見ながら物思いに耽っていると、背後からノック音が聞こえた。
「はい。」
何事かと思い、ドアを開けるとそこには相方が上目遣いでこちらを向いていた。
「どうかしたのか?」
「エアコン壊れてた。」
「まじか。今度直さないとな。それで、どうする?」
「この部屋で寝る。お前が嫌じゃなかったらの話だけど。」
「嫌じゃないからいいよ。」
「うん。」
開いていたアルバムを閉じて梓豪を見た。偶然目が合ったがもう先ほどのように引き込まれそうと感じる事はなくなった。
「アルバム開いてたの?」
「まぁな。たまには思い出にふ耽るのもいいかなって。」
「そっか。遅くならないようにな。」
「大丈夫。俺もそろそろ寝るから。」
短い時間だったが思い出を見られてよかった。もう戻る事は出来ないけど記憶は美しいままの方がいい。そう思ってアルバムを閉じた。
「おやすみー」
一足先にベットに潜りこんでいた先輩にやはり呆れながら俊煕もベットに入った。
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