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「あれ、着替えないの?」
「着替えるけど……朝っぱらスーツでファミレス行くのはちょっと勇気いるなって。」
「ならラフな格好で行って戻ってからスーツ着替えればよくね?」
「そうだな。じゃあ着替えるから待ってて。」
ふと、梓豪の格好を見ると貸したばかりのパーカーに黒のスキニーだった。道理で着替えるのが速いわけだ。
「わかった。」
珍しくまともな意見を言った先輩に少し感心した。
「じゃあ行くか。」
「うん。あ、でも待って。」
「え?」
久しぶりの朝飯兼ファミレスだからかスマホも財布も持たずに家を出ようとした俊煕は一瞬自分の行動を疑った。
「財布とスマホ、忘れかけた。」
「気づいてよかったな。よし、次こそ行こうか。」
「そうだな。」
今度こそちゃんと家のカギとスマホと財布を持って玄関先に向かった。これで忘れ物はないはず。最悪ファミレスまで近いから取りに帰ればいいのだが。そんなことをしては時間がもったいない。
「しまった?」
「閉めた。」
カギを持った俊煕は最後にドアを引いて閉まったことを再度確認した後、先に下りて行った梓豪を追いかけるようにして階段を下った。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
ファミレス内に着いた瞬間、案内ロボットがしゃべった。今はどこの国もAI化が進んでいて時代の進歩を確定づけていた。
「二人です。禁煙席で。」
「かしこまりました。お席にご案内しますね」
無機質な声と共に機械音が鳴り、二人を席へと案内するのだった。
「ご注文がお決まり次第端末で操作してください。」
席の案内をしたロボットは用件だけを言って立ち去っていった。
「最近はすごいよなー。なんもかんもぜーんぶ自動でやってくれる。便利になったよなー」
運ばれた水を口に含みながらメニューとにらめっこしている梓豪が長年の記憶を思い出しているような感じで口を開いた。
「そうだな。」
梓豪の言ったことに俊煕は軽く相槌を返した。それは彼自身があまり世の中の機械化についてあまりいい印象を持っていないことに深くかかわりがあった。
「俺、これにしよーっと。俊煕は?なんか頼む―?」
「あー、そうだな……。何食べようか。」
しばらくルンルンで端末を見ていた梓豪が『次はお前だ』と言わんばかりに端末を渡してくる。
「決まった?」
「決まったよ。」
「送信ボタンだけ押したい」
「どーぞ。」
最後の最後までよくわからない先輩だ。なぜそこまでして送信ボタンだけ押したいのか、どうしてこんなにも楽しそうに毎日を過ごしているのか。何もかもが自分とは正反対すぎて本当にこの人と自分は釣り合っているのだろうかと不安になる。
「どうぞ。ご注文のお品物でございます。では頼まれたお品物から順に……」
思考の沼に浸っているとその空間を遮るかのように電子的な機械音が耳を劈いた。
「では失礼します。」
ひとしきり話を終えたロボットは何事もなかったように平然とプログラムの安全機能に従って帰っていった。
「俊煕?さっきから何考えてたんだ?」
「あぁ……ちょっとね。気にしなくていいよ。大した事じゃないから」
「そうか?なんかあったら話聞くぞ。まぁ、無理に話さなくてもいいけどな。」
「まぁ、時が来たら話すよ。」
「楽しみにしてる。」
楽しみにするほどいい話でもないのだ。そう、これは個人が勝手に考えて勝手に想像してるだけ。そう思い込むことによって俊煕は精神を保っていた。
「こえ、うまい」
俊煕が話したすぐ後に自分の頼んだものをがっついた先輩はこの世に比較できるものが無いほど朗らかで明るさに満ちていた。
「そんなにうまいのか?」
「うん。食うか?」
「食う。」
じっと見ていたのがバレたのか珍しく梓豪が一口よこしてきた。
「うまっ」
断るわけにもいかず、試しに食べてみたら思いのほかおいしいことに感動した。
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