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雇い主が口を開いた。その瞬間少しだけ穏やかだった空気が一気に凍り付くような感じがした。
「では、ご報告から。今回のターゲット、我々からすると敵組織に値する黒鉄組の宇航(ユーハン)を始末して参りました。こちらがその宇航の頭になります」
そういって彼が口を開くと、雇い主の従者がターゲットの頭部が入った木箱を雇い主の前に差し出した。
差し出したときにコトンと音がした。もちろん頭部は固定されて入っているわけではない。ゆえに少しの揺れで中のそれが動くのだ。
「ご苦労だった。黒鉄……奴らに対する情報は何か掴めたか?」
「そちらの方はまだ……申し訳ありません。その場にいた全員にひとまず拷問をしてみましたが本人たちは知らない、わからないの一点張りで。おそらくその頭部の中にマイクロチップでも埋め込んでいるのではないかと思っています。」
「そうか。わかった。では後日うちの解体分析部隊に調べさせよう。
本当にご苦労だった。報酬の方は今ここで渡すが、それでいいな?」
「はい。いつもご贔屓に。」
梓豪は安定にいつもの営業スマイルで対応をし帰ろうとした。となりにいる俊熙も今はただ黙っている。
「本当にその中身は黒鉄の組織の宇航なのかね?」
俊熙は跪いていた足をむき出しのコンクリートから離し、後ろを向いた。その先にはドアを開ける音もさせずに壁に寄りかかる怪しい初老がいた。その彼は二人を雇っている組織の上層部の幹部であった。名前は浩然(ハオラン)といい、この組織の結成にも立ちあった重要人物である。元現役というのも相まって、いまだに身のこなしは一流だ。
「それは、どういう意味で?」
「お前たちには前科がある。それを忘れたわけではないな?」
「もちろん忘れるわけがない。あの時の事は今も鮮明に覚えてます。本当になんとお詫び申し上げたら良いか……」
「今さら謝られた所で何も思わん。とにかく、中身を確認しろ。俺はそこで煙草をふかしているAに用事があるのだ。」
Aというのは二人の雇い主の事だ。この男は素性も本名も明かしておらずよくAと呼ばれている。組織の上層部の連中にさえ名前を明かしていないのだ。もちろんこの浩然も本当の名前は知らない。
「一体何の用だ浩然。今は任務の報告中だ。邪魔をするな。いくらお前でも許さない。」
「お前に頼みがあってな。実は黒鉄の事なんだが……」
上層部同士が話あっている隙に布をほどき木箱開ける。もちろん中に入っていたのはターゲット本人で間違っていなかった。過去に過ちがあるからこそしっかり確認して慎重に持ってこさせたのだ。今更中身が違いました、はシャレにならない。
「確認いたしました。ご忠告ありがとうございます。浩然殿」
梓豪のうっすらと浮かべる笑みの奥に憎さと悔しさが現れる。明確にはわからないが、俊熙は肌で彼の静かな憤りを感じた。
「ならばよい。今後もしっかりターゲットを確認し仕事に臨むように。失礼する。」
最後の小言の一つを言ってまた音もなく立ち去っていた浩然を見送った。いくら上の立場といえど性格に問題がありすぎるあれに下げる頭はどちらも持っているはずもなかった。
「確認できたか?」
浩然の独断だけの確認とは別にAは問う。その声は程の浩然とは違い、静かだがどこか厳格な雰囲気を醸し出していた。
「はい。確実に宇航の物でした。これにて報告を終わらせていただきます。」
「本当にご苦労だった。が、早速で申し訳ないのだが一つどうしてもお前たちに頼みたい案件があってな。」
そこで区切るということは有無を言わせる気がない事を意味していた。断る、という選択肢はあってないようなものだ。
「どのような案件……でしょうか。」
「実はな……」
話を聞いているとどうやら先ほどの浩然が持ってきた話と内容は一緒のようだった。
「頼まれてくれるな。」
全てを話しきるとAは俊煕、梓豪の二人に目配せをした。
「了解いたしました。報酬の方は後日またお話しましょう。」
「わかった。では今回の奴だ。受け取れ。」
ぶっきらぼうにAは梓豪と俊熙に今回の報酬を渡した。
トス、と質素な封筒は梓豪の手の中に収まった。
「確かに。それでは解析結果が出たらお教えください。それでは失礼します。」
「ああ。次も期待している。頼んだぞ。俊煕、梓豪」
期待した眼光を宿したAは念を押すようにして煙草に口をつけた。それを最後に見納めてまたも黒くて重厚な扉を閉めた。
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