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2022年3月31日、ついにお父さんが引退する日がやってきてしまいました。昨晩僕は、ご主人さまの夢の中に入り込んでお願いしました――お父さんの最後の仕事を見届けたい、と。
ご主人さまは、僕の願いを快く受けてくださいました。
僕は今、複雑な思いを抱えながら、お父さんの仕事場にある小さな部屋の中にいます。そして、お父さんの斜め後ろの位置から、お父さんと同じ景色をガラス越しに見ています。
ガラスの向こうを歩いて行く学ランの黒い背中を見送っていると、今度は、丈の短いチェック柄のスカートがひらひらと揺れているのが角張った視界にかすめました。それに続き、カツンカツンというヒールの甲高い音が鳴り響き、ネクタイを締めた男の人が通り過ぎていきました。
女性に関しては、比較的ラフな格好をしている人が多いのですが、ときには、スーツをぱりっと着こなした、勤め人らしき女性もあらわれますし、ランドセルを背負った小学生やキャリーバックを引きずる旅人も目にします。
お父さんは改札を通り過ぎる人々の手元に視線を置きながら、「お前が生まれた時代とほとんど変わらない景色なんだがなあ……」と、ガラスの向こうからしみじみと語りかけてきますが、声はどこか淋しげです。
もちろん僕には、その理由がすぐにわかりました。目の前を通り過ぎていく人たちのほとんどが、僕の兄弟たちを引き連れているからなのです……。
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