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「そんなに丁寧にやらなくてもいいのに……」
「だーめっ! これをしないと私の朝は始まらないの!」
こんがりと焼けたトーストに、ピーナッツバターを端から端まできっちりと塗ること、それがあかりの朝のルーティンだった。油絵を描く画家さながら、ペインティングナイフのように構えたスプーンはトーストの縁に当たってカリカリと音を立てる。真剣に作業に取り組む娘の姿を見て、食器を洗っていた母親は「ふふっ」と笑みを溢した。
「何?」
あかりが不服そうに睨みつけると、母親は泡のついた手を左右に振った。
「ううん。ただその……あかりは、学校でもそんな感じなのかなって」
「そんな感じって?」
「うーん……ぼーっとしてるっていうか、ぽけーっとしてるっていうか……?」
次の瞬間、あかりは怒ってピーナッツバターのついたスプーンを振り回した。
「ぼーっとも、ぽけーっともしてませんー! 私、こう見えて、グループの中では一番リーダーシップのある人間なんだよ? お弁当だって一番早く食べ終わるし」
「もー、怒らなくてもいいじゃない」
あかりは非常に不服だったが、ヘラヘラと笑う母親にさらに反論したところで真剣に話を聞いてくれるとは到底思えない。そのまま仕方なく朝食にありつこうとしたが、慌ただしく自分の前を通り過ぎていく影に気付いて、口まで運んでいたトーストを静かに遠ざけた。
「お父さん、やけに早いね?」
「そうか? 別にいつも通りだけど?」
スーツをきっちり着こなした父親が、せかせかと靴紐を結び始める。いつもなら家を出るタイミングはだいたい一緒のはずだった。
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