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火葬場に着いた途端に雨が降り出した。
晴れているのに、雨が降る。
「狐の嫁入りやね」
誰かが呟いた。
空を見上げると、柔らかな雨が頬にかかる。
突然の天気雨は、悪戯に思い出を掘り起こす。
幼い頃母と二人、天気雨に遭遇した事があった。
晴れているのに、雨が降る。
それがなぜだか不気味で怖く感じた私は、母の手をギュッと握った。
「大丈夫や。狐の嫁入りやから」
「きつねさんが怒ってるん?」
「怒ってないよ?嫁入りするんを、見られたくないから雨を降らせるんよ。すぐに止むから大丈夫」
笑っている優しい母の顔に安心し、私は再び機嫌良く歩き出した。
顔が濡れるのもいとわず、晴れている空を不思議そうに見上げながら。
母は、今から荼毘に付される。
晴れ間から落ちてくる雨粒は、参列者の足を止めていた。
遺影を抱きしめるように持っていた私に、大きな傘が差しかけられ、かすかな音が響く。
ポツンポツンと。
ポツンポツンと。
その雨音に、唇をきつく噛みしめる。
狐の嫁入りを怖がった小さな私の手を、ギュッと握り返してくれたあのぬくもり。
もう二度と、握って貰えないのだ。
込み上げてくる凶暴な悲しみに、抗うのをやめようとしたとき。
──グン!
私の中の新しい命が、元気良くお腹を蹴った。
そうだった、泣いてはいけない。
私は──母になるのだから。
「涙雨やなぁ」
また違う誰かの言葉に、まわりの参列者は空を見上げている。
私は、号泣し続ける妹の手を、ギュッと握りしめて歩き出す。
「大丈夫や。狐の嫁入りやから」
──そうやろ、お母さん?何も、怖がる事はないんやろ?
私もあんな優しい顔で、ギュッと手を握ってあげれば良いだけ。
母がしてくれたように。
最後のお別れが近づいている。
もう、雨音は聞こえない。
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