機械仕掛けの終末

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風が追ってくる。 まてまてまてまて。 こっちへおいで。 いっしょにあそぼう。 たのしいよ。 声が聞こえる。 「くっそ」 頭をバシバシ叩く。 風の声は消えない。 「何してるの?」 「気にするな」 おにさんこちら。 おなかすいたよ。 あとすこし。 あとすこしで。 おいしいね。 おいしいおいしいおいしいおいしい。 「ニンゲンめ…!」 反対からも来た。 「道がないよ!」 「こっちだ!」 廊下にあった扉を開ける。 「倉庫か何か?」 「扉を閉めろ!」 カギはない。 手近な台を扉の前に置き。 離れる。 「これでやり過ごせる…?」 「いや、だめだ。  あれは高度な思考能力を持つ、  生命体の存在を見つけて取り憑く。  俺たち人工生命体も例外じゃない」 「じゃあ…」 このまま逃げ場もなく。 あれに侵されるままになるのか。 「きょうだいが飲み込まれるのが見えた…」 きょうだい。 共に目覚めるはずだった残りの5体のことか。 「私だけが…」 大きな目が。 キョロキョロと逃げ惑う。 何を見たらいいのかも分からない。 閉じることもできない。 「落ち着け」 頭をポンポンと叩く。 「慌ててもしょうがない」 「うん…」 こちらを見上げる。 「あなたは何者?」 笑い声が聞こえる。 クスクスと。 うるさいな。 首を振ったら、また怪訝な顔で見られた。 壁に背をつける。 「ATO-88598-Λ212」 「シェルターへ避難するようにという、  最優先命令を入れたのはあなたか」 「そうだ」 やまない声。 泣き声か。 しくしくと。 しつこいな。 ずるずるとしゃがみ込む。 「でもシェルターへ辿り着くことは、  もう不可能だ。  命令は取り消す」 「ではどうすればいいのか」 もうにげられないよ。 そこにいるんでしょう。 クスクス。 しくしく。 こんにちは。 「もうダメかもな」 笑う。 励ましておいて何を言っているのか。 取り消そうとした時。 「生命活動をオフにしても?」 その大きな目は。 真っ直ぐにこちらを見ている。 何かが脳裏にちらつく。 「え?」 Δ558-7は、しゃがみ込んでもう一度聞く。 「こちらの攻撃は効かない。  逃げ道もない。  できるのはそれだけでしょ」 「何を言ってる…  たった今生まれたばかりで」 肩を掴む。 諦めるのか? 何かの記録が蘇る。 主人の顔? 悲しげだ。 思い出せない。 「高度な思考能力が無ければ、  見つからないかも。  ただの機械の塊になってしまえば…」 手を伸ばす。 「私は音声でのコントロール仕様だが、  あなたの型だと、  首の後ろに主電源ボタンがあるはず」 「やめろ」 手を払う。 何も思い出せないが。 それだけはダメだ。 古い、遠い過去の禁止命令がまだ生きている。 「これを切ったら、  二度と目覚められない」 「嵐の去った後、  誰かが見つけて、  またオンにしてくれる」 「ダメだ…」 おいしそう。 おなかすいた。 あまいなあ。 すぐとけちゃう。 声が聞こえる。 「迷ってる時間はない。  私が先に切るから。  私を素通りしてあなたに向かったら、  あなたも切って」 そう言って。 「生命活動停止」 自分で言ったコマンドを捉えて。 一瞬遅れて。 目を。 閉じる。 「行くな…!」 Δ588-7は、膝の上に倒れ込んだ。 「勝手に…!」 動かない。 ゆすっても起きない。 最新式の軽量ボディが。 力なく揺れるだけ。 なぜこんなにも簡単に、諦められる? 人格を失った腕を持ち上げる。 顔を覗き込む。 眠っている顔ではない。 かつて見てきた多くの顔。 命を失った顔だ。 なんだ。 花に囲まれた人がいる。 横たわって。 同じ顔をしている。 何の記録だ? 思い出せない。 風が吹いている。 隙間から忍び込んで来る。 どこにいったの。 おいしいおいしい。 あまいごはん。 おなかがすいたの。 どこにいったの。 忍び寄る。 「来るな」 声に出していた。 「こっちに来るな。  ニンゲンどもめ。  その腐れきった思念、  いずれ根こそぎ焼き尽くしてやる」 Δ588-7を抱き抱えて。 呪いの言葉を吐く。 にんげんどもめ? クスクス。 ひどいよう。 あいつがわるいんだ。 しくしく。 にんげんどもめ? あはは。 にんげんどもだってえ。 声がする。 右からも左からも。 上からも。 下からも。 後ろからも。 目の前に。 青い。 青い。 ヒトの顔が。 笑っていた。 「そういうおまえはなんなんだ?」 腕の中からも。 「やめろ!」 「おまえはのうのうといきて、  なにをしているんだ?」 停止したはずの細い腕が、勝手に動く。 「いいなあ、いいなあ。  いきているってすばらしい。  わたしもいきたかったよう」 「やめろ、喋るな。  そいつから出ていけ!」 首に。 蛇のように絡みつく。 「おいしいねえ。  たましいっておいしいねえ。  いろんなあじがする」 身体が呪いに侵されて。 制御を失って動かない。 呪いが。 耳から。 目から。 入り込んでくる。 ヒタヒタと。 染み込んで。 回路が侵される。 記録がぐちゃぐちゃになる。 「あ」 主人が歩いている。 「待って…」 姿も思い出せないはずなのに。 あれは主人だとわかる。 振り返り。 微笑んだ。 「何してるの。  だめでしょう」 何かに触れた。 脳裏に。 「やめろ!」 右腕が。 動き出した。 なんだ? どうして腕だけ動く。 振り回した腕に。 青い風がかき消されていく。 「そいつから離れろ!」 首を絞めるΔ588-7を引き剥がし。 地面に叩きつける。 「出ていけ!」 「いたいよう」 右腕に、爪を立てる。 「出ていけ!  出ていけ!」 叫ぶ。 それしかできない。 「出ていけ!」 しくしく。 ひどいんだ。 おまえなんか。 耳に響いた声が。 遠ざかっていく。 Δ588-7の身体は、再び動かなくなっていた。 目を閉じた顔は。 眠っているようで。 手を離す。 「おい…」 ゆすっても起きない。 青い風も。 声も。 いつのまにか。 遠く…
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