雨時計が晴恋の時を刻む頃

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 ぱしゃり、ぱしゃり。  林道を踏む足音が変わってきた。水溜まりがところどころにできており、この辺一帯が湿地であることに気づいた。 「間違いないな、目的の場所はもうすぐだ」  懐中時計を取り出して目をやると、すでに針は六時を回っていた。夜が更ける前に辿りついておきたい。いつもの癖で、竜頭(りゅうず)をキリキリと回す。  霧のかかる深林の一本道をひたすら歩き続けている。この道をまっすぐ歩いていけば、探している場所に到着するはず。  しばらくすると、自分を覆っていた木々の連なりが途切れ、霧雨(きりさめ)が降り注ぐ草原が眼前に広がった。地図を開いて、描かれた道筋を指でなぞると、目的地はすぐそこにあることがわかる。  私は帽子を深く被り直し、コートの襟を立てて、足を急がせた。  次第に雨足も早まり、ぼとぼとと帽子を弾く雨音が聞こえてくる。  帽子を上げて前の景色を覗くと翡翠色(ひすいしょく)に煌めく水面に、雨の波紋をいくつも浮かばせた泉が見えてきた。  泉を分かつように架かる橋に足を乗せると、ぬるりとした木板に足を取られ滑りそうになったので、慌てて手摺(てすり)に手をかける。  嫌なことを思い出す。一歩一歩、慎重に足を運び、橋を渡りきると、壁面に苔の生えた建物が佇んでいた。 「ここが雨時計(あまどけい)(やしろ)と呼ばれる魔聖堂か」  呪文の刻まれた十二段ある階段を登り、魔聖堂の扉についた門環を叩いて、しばらく待っていたが扉が開く気配がない。  近くにあった小窓まで歩き、中を覗きこむと一人の老婆が椅子にもたれながら眠っていた。  コンコンと窓を数回叩くと老婆は目覚め、こちらを見上げた。ゆっくりと立ち上がると、扉のほうを指差し、杖をつきながら歩きはじめた。  私も扉に戻るとガチャリと解錠の音が聞こえ、開いた扉の隙間から老婆の寝ぼけた顔が伺えた。
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