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羽音との通学初日、いつも以上の不安を抱いて過ごした出鶴には 随分と長く感じた。これが毎日続くのかと思うと、出鶴の心は1人で 真っ暗く重い空間に呑まれた。周囲に人が何人いても 心が繋がらなければ 1人と同じ…孤独なのだ。出鶴は孤独の中を生き抜いている。
2人は 朝くぐった校門を出て、十字路を左に曲がると 少し傾斜のある坂道を下る。自宅が見えてきても出鶴の表情が和ヤワらがないことが 羽音は気になった。
出鶴が学校の事で何か悩んでいることは、食事時のぎこちない返答で気付いていた。羽音の中で幾つか想像していたから、クラスの雰囲気や例の3人を目の当たりにしても 動揺せずに遣り過ごせた。
「出鶴?大丈夫? なんか…しにそうな顔になってる。」
「!…羽音……。」
「もしも…しにたくなるくらい嫌なら、学校 辞めればいいじゃん。」
「簡単に言われても、」――羽音は自分のことじゃないから、簡単に言えるんだろうけど。
出鶴はきゅっと力を込めた口元になって羽音の眼を見た。上手く言葉は出なくても、力強い瞳から 羽音に伝わるものはある。その眼差しから逃れるように羽音は眼を瞑り、静かに話した。
「あのさ、戦場にでも行くみたいだよ?」
「戦場!?」
「うん。命懸けで。」
出鶴は驚いた後、言葉の意味を考えた。
――そうだ。確かに私、戦ってる。一方的に攻撃されて、ずっと耐えて来た。
わかってる。全員が虐めに同調してる訳じゃない。ただ、被害者側になりたくなくて、自己保身しながら 自分はどちら側になるかを考えて選んでるだけ。みんな弱いだけなんだ。
出鶴は そう言い聞かせて、自分を納得させようとした。
それでも…無反応な人は、被害者からすれば加害者と相違はない。そちら側の数に入る。自分以外に味方なんて いない。
割り切って耐えてきた出鶴に心強い妹ができた。
羽音が「これからはアタシがいるよ。」と出鶴の手を握ると、出鶴の眼が少し大きくなって輝いた。微かに唇が動き、俯いて、おもむろに小さく「ありがとう。」と囁いた。
自分に関わったら 羽音もターゲットにされること…楽しみにしてる学校生活が楽しくない毎日になること…こんな私が家族になってしまうこと…、暗い感情が思考を包む中で、出鶴が短く伝える言葉を1つ選んで声になったのは「ありがとう」だった。
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