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ざわつく中で どよめきが聞こえてくる。男子がポケットを探り「しわくちゃだけど大丈夫かな?」「んー、俺 持ってないし。」と会話するのを「私のがあるよ。」と、女子が止めた。
出鶴の机にポツッ、ポツッと音がして、机についていた両手の甲にも当たった。
「あ…あれ?」と言って頬を触り、自分が泣いたことに気がついた。
しわくちゃの手巾をしまう男子に見送られた女子が「使って。」と出鶴に差し出した。
――え!? 田之橋さん。
彼女の持つ きれいにたたまれた手巾を見た出鶴は「あ、あります。」と言って自分のを出そうとした。それを手で止めて「こういう時は素直に借りるの。」と言いながら、田之橋さんは出鶴の涙を優しく拭った。
満悦の表情で出鶴を見ていた生徒の顔が歪んだ。歩き出したところで、教師の声が教室内に響いた。この三十路を過ぎた男性教師は声が大きい。騒がしい教室でも「始めます!」の一声で後方まで伝わるのだ。
生徒達が無言で着席すれば、何も無かったかのように授業は始まる。
そこに、戸の開く音がして視線がそちらに集中する。
教師は 開けた戸を閉める羽音をチラっと見て「これで 全員 揃ってますか?」と、全体を見渡し生徒の確認をした。
羽音は教壇の横へ行き、前髪から雫を滴らせたまま 少し顔を上げて言った。
「先生? あなたは、生徒の何を見てるんですか?
この格好を見て、何も気になりませんか?
私、授業できる状態じゃありません。」
「……どこかで掃除をしてきて…転んだ?喧嘩ですか?」
生徒達が静かに見ている中、羽音は質問に答えず 教師をじっと見つめた後、無言で窓辺の後方へと歩き出した。
左手には 先程のバケツを持っている。
教師がいつ羽音を止めるのかとソワソワしている生徒もいるが、教師は ただ様子を見守っている。一見 落ち着いているが、担任に事情を話し 普段の様子を聞き、上へ回す報告書にはどう書くか…などと 頭の中では猛回転している。
出鶴は、後方に近づいてくる羽音の眼に 背筋が冷えた。これが キレる、という時の顔だと確信した。
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