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Day12. すいか
雨が苦手でした。自分は元より雨の少ない地域に住んでおりまして、雨のあの、空気が重くなり自分にまとわりついてくる感覚、肌がべしゃべしゃに濡れ溺れるかのような錯覚、柔らかな地面を穿つ水音、それらがいっとう居心地悪く思えてならないのです。
「なら、雨上がりの空を見てご覧よ」
と自分に言ってきたのはどなただったか。なるほどあの青い空が再び現れた歓喜により雨中での憂鬱をすぐさま忘れてしまおうよということでしょう。自分は仕方なしにある日、雨上がりの空を見上げたのでした。
空にあったのは青のみではありませんでした。
赤、緑、黄――滑らかに遷移するこの世の全ての色が、一筋の弧を描いていたのです。
「虹と呼ぶのだよ」
雨が降るたびに根腐れの如く気分を落ち込ませる自分へ、話しかけてくれた物好きな方の声でした。
「雨上がりの、水っ気が空中に残った状態で太陽光が当たると見えるようになるのさ。実のところ何度か姿を現してはいるのだけれど、君は雨が嫌いなのだね、一度としてぼくを見上げてはくれない。つい声をかけてしまった。ぼくにはない黒色を直線でも曲線でもなく芸術的に身へ描く君に、ぼくを見て欲しかったものだから」
じゃあ、また次の雨上がりの日に。
そう言うや否や虹はすうっと消えていきました。自分はその後しばらく呆けたまま空を見上げて、そして自分の中が赤く染まっていくのを感じていました。
自分が甘い果実になる日も近いでしょう。
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20220713
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