Day24. 絶叫

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Day24. 絶叫

 若月(わかつき)あやなは物静かだ。  彼女はいつも教室の端の席に座って本を読んでいる。特段可愛いわけでも不細工なわけでもない顔立ち、高くも低くもない身長、太っても痩せてもいない体型。校則を守ったスカート丈と二つ結びの髪は彼女の性格をよく表している。 「あやなちゃん、宿題写させて」  という同級生からの申し出を断ったことはないし、 「あの子、優等生ぶってるよね」  という周囲からの陰口に背を丸めることもなく、 「若月さん、このプリントみんなに配っておいて」  という教師の頼みを断ることもなし、 「学級委員長? 若月で良くね?」  という教室の雰囲気に逆らうこともない。  彼女には一つ下の妹がいると知ったのは授業参観日のことだった。彼女のご両親は妹の授業を一通り見た後、放課後にこの教室へ来たのだ。曰く「あやなは見なくても問題ないとわかっていますから」だそうで、もちろん彼女が不満げな顔をすることはない。当然と言わんばかりに無言でそこにいた。その後妹のおねだりで高級寿司屋へ行ったらしいと噂で聞いたが、真偽は定かではない。  そういえば彼女にはいっとき彼氏がいた。その彼氏とは一週間ともたなかったらしいが、その理由は彼女が全く遊びに行かなかったかららしい。「授業終わったらすぐ帰んなきゃいけないんだって。親が忙しいから洗濯とか掃除とかしなきゃだし妹の世話があるとかなんとか。俺には構ってくれねえの? って聞いたらさ、あの若月がだよ、びっくりしたみたいな顔して『考えてなかった』ってさ。付き合ってらんねえよ、彼氏放っといて妹に付きっきりなシスコンなんてさ」とのことだった。  若月あやなは物静かだ。これほど陰で何かを言われていても、表立って何かを言われても、彼女が胸の内を露わにすることはない。ただ、一度だけ、彼女と話をしたことがある。 「カーテン、閉めようか」  放課後、夏休み直前の委員会会議が始まる直前、窓から差し込む日差しが暑くて眩しくて、僕は汗をタオルで拭きながら隣に座っていた彼女へ声をかけた。彼女はハッとしたように顔を窓へ向けて、そして立ち上がろうとした。声をかけたのは僕なのに彼女は自分でカーテンを閉めようとしたのだ。慌てて僕は立ち上がって彼女よりも先にカーテンを閉めた。彼女は驚いていた。あの若月あやなが、驚いていた。 「……ごめん」  その小さな声は感謝ではなく謝罪の意味を持っていた。ありがとうを期待していた僕は肩透かしを食らったように黙り込んでしまった。  それだけだ。  けれど、僕は夏の日差しを遮った黄色いカーテンのそばで明らかに青ざめていた彼女の驚き顔を、その呟くような謝罪の声を、夏風に揺れる遮光カーテンを見るたびに思い出している。 ----- 20220728
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