Day27. 水鉄砲

1/1
前へ
/31ページ
次へ

Day27. 水鉄砲

 夏の終わりに、父は戻ってまいりました。  村長さんの前でぴしりと額の横で腕を掲げて敬礼をする父は、覚えている顔よりもかなり老けているように思えました。父がお国のために軍服を着て海外へ向かったのは数ヶ月前のことです。農作業の最中に捻った足が完治するのが遅くて、父は召集に遅れて参じました。怪我が治るまでの間、ラヂオを聞きながらそわそわと膝を揺り動かしていたのをはっきりと覚えております。  ラヂオでは我が国の兵隊さんの益荒雄(ますらお)ぶりが朗々と報告されておりました。なのに、どうやら我が国は戦争に負けたらしいのです。  私は、正義は必ず勝つのだと信じておりました。では負けた我々は正義ではなかったのだろうか――否、そんなはずはありません。我らが天皇陛下は神であり、神が他国に劣るはずがないのです。戦争が終わり同級生の叔父や兄が帰ってくるのを見つつも、私は未だに納得できていませんでした。  そんな折、私は近所の子供達と水遊びをすることになりました。未だ暑い日が続くので、少しばかり涼しくなろうと思ったのです。大人達が働いている間、大人とは呼ばれず子供とも言い難い私は幼い子達の世話をすすんでしておりました。  我が家の庭に置いた大きな桶の中に井戸水を汲み、小さな池を作りました。子供達は歓声を上げながらその中へ素足を入れ、ぱしゃぱしゃと足踏みをします。私は桶の外でしゃがんで手で水を掬い、子供達へと掛けました。すると彼らも学んで私へと容赦なく水を掛けてきます。私達は笑い声を上げながら互いへ水を掛け合いました。道行く人々がニコニコと笑いながら私達を眺めるのが、私は嬉しくてなりませんでした。  しばらくそうして、子供達が飽き始めた頃、私は最終兵器とばかりに竹水鉄砲を取り出します。竹の筒に棒を入れ込んだ物で、先端を水中に入れながら棒を引いて中に水を取り込み、棒を押し込むことで中の水を相手へとかける道具です。突然の凶悪な玩具の登場に子供達は驚きに満ちた歓声を上げました。私は構わずその銃口を子供達へ向けて、手のひらで掛け合うよりも痛みのある水を掛けてやりました。子供達は逃げたり私へ立ち向かったりと賑やかにはしゃぎました。  ――その声に、呻くような泣き声が混じったのです。  誰もが笑いをやめてそちらを見ました。父が、縁側で座って私達を眺めていた父が、目元に手を当てて俯いて泣いておりました。堪えきれないとばかりの低い泣き声でした。 「おとう」  私と子供達は父へ駆け寄りました。どこか痛むのかと訊ねましたが、父は首を振るばかりでした。 「その鉄砲を向けられた先で、お前達が笑うとるのがなあ……嬉しゅうて、悲しゅうて……」  私には父の言葉の意味がわかりませんでした。ただ、父が私の頭を撫でてくれるその手が久し振りで、少しだけにやけてしまったのは覚えております。  ――父は、戦場での出来事をついぞ私に話してくれませんでした。 ----- 20220728
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加