Day29. 揃える

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Day29. 揃える

 フウリン森では夏になるとお祭りが始まります。キツネもタヌキも皆タイボク先生の木の下に集まって、タイボク先生の幹を提灯や短冊で飾って、夜になったら明かりを灯して先生の周りをぐるぐる、ぐるぐる、踊り回るのです。 「タイボク先生はやっぱり物知りだねえ」  大木の幹を見上げながら、ウサギの子はぴょこぴょこと耳を動かしました。 「マツリってのはそんなに楽しいものなのかい?」 「ニンゲンの真似をして毎年やっているけれど、皆楽しそうにしているよ。もちろん私も、いつも静かな私の周りが賑やかになるものだから、ちょっとそわそわしてしまうね」  タイボク先生は太い枝をさわさわと揺らして笑います。チリンチリンと枝に括り付けられた小さな風鈴が音を立てます。ニンゲンから「タイボク」と呼ばれているその木は、この森の誰よりも長生きで物知りなのでした。 「楽しみにしておいで」 「うん。兄弟達にも教えてくる。……僕らの父ちゃんと母ちゃんも、マツリをしたのかい?」 「ああ、したとも。二匹とも跳ね踊りがとても上手だった」  ウサギの子はくりくりと目を動かしてから、「そっか」と目を閉じて笑います。 「そういえばタイボク先生、あの子は来るのかな」 「あの子?」 「マイゴ。僕らと全然話ができない、ニンゲンの子供。前の満月の次の日からクマスケじいさんのほら穴に住んでるんだ」  ふむ、とタイボク先生は呟きました。 「すっかり忘れてしまっていたな。まだ、ニンゲンの村には戻ってなかったのか」 「戻りたくないって言ってたんでしょ?」 「今年も草木にはきつい年だったからなあ。戻ったとしてもまたこの森に置いていかれるか、それとも……」  マイゴと名乗ったその子は、この森の誰とも話ができませんでした。タイボク先生だけが、その子が話すニンゲンの言葉を理解できたのです。けれどタイボク先生もさすがにニンゲンの言葉は話せません。この森の誰もが、その子と仲良くできないでいました。 「僕らの父ちゃんと母ちゃんはニンゲンに殺されたから、僕はちょっと怖いな。クマスケじいさんも怖いけど、じいさんはもう木の実しか食べれないみたいだから」 「クマもニンゲンも、お腹が空いてなかったら殺しには来ないよ」 「じゃあ洞穴の前に木の実をどっさり置いてこよう。友達のリスにも頼んでみる」  言い、ウサギの子はくるくるとその場で回りました。そして立ち止まり、鼻先を照れたように前足で撫でつけます。 「……ニンゲンとも仲良くしてみたいな。マツリに来てくれたら仲良くなれるかな」 「キツネとタヌキも祭りで仲直りしたからねえ、きっと仲良くなれるよ」 「うん」  ウサギの子は頷いて、そしてお尻をふりふり森の中へと戻っていきました。  祭りの夜、森の動物達はタイボク先生の周りに集まっていました。木登りの得意な子達がタイボク先生の幹に飾りを巻いていきます。  ツタに括り付けられた笹の葉には、どれも傷がついています。各々思い思いに願いを込めながら、自分の爪で葉を引っ掻いたのです。文字を持たない動物達の唯一の文字でした。ニンゲンは夏になるとこうして願い事を竹に飾るのだそうです。  タイボク先生の枝には赤い提灯がいくつもぶら下がっていました。森の奥にあるほおずきの木から取ってきたものに、狐火を灯したものです。ほんのりとしたその明かりは、いつもの暗い森に昼とは違う明るさを与えていました。  いつもはそれだけです。あとは、皆でタイボク先生の周りを踊りながら回るのですが、今日の祭りはどうやら違うようでした。誰もが頭から何かを被っているのです。これでは、誰が誰なのかさっぱりわかりません。 「見て見て、タイボク先生」  頭から大きな白い布を被った子が言います。声と体の大きさからするに、ウサギの子でしょうか。 「クモの一家に頼んで作ってもらったんだ。これで僕が何なのかわからないでしょ。他の皆もね、いろんなのを頭から被ることにしたんだ」 「これはまた、一体どうして?」 「マイゴはニンゲンでしょ? でもここにマイゴ以外のニンゲンはいないから、来てくれないかもしれないねって皆と話し合ったんだ」  ウサギの子はぴょんと布の下で耳を立てました。 「これなら、皆同じ生き物に見えるでしょ? マイゴもひとりぼっちだって思わないよね?」  タイボク先生は驚いて、それから嬉しそうに体を揺らしました。 「それは良い案だねえ」  「何か」が遠吠えをしました。「何か」がそれに合わせてキャンキャンと鳴きました。ピィッ、ピィッ、と甲高い鳴き声に、ホウ、ホウ、という鳴き声も重なります。ぴょんと白い布を被った「何か」が跳ねて、重ね合わせた楓の葉を被った「何か」がコンコンと笑って、傘のような大きな蓮の葉で懸命に頭を隠す「何か」がポンとお腹を叩いて。  大きなもの、小さなもの、いろんな「何か」がタイボク先生の周りを回り始めました。前足をふりふり、尻尾をふりふり、踊りながらゆっくり歩いて行きます。その中に、シャツを頭から被った二本足の小さな「何か」がいました。その子の隣にいたお年寄りのクマと目を合わせて、タイボク先生はにっこり笑いました。  チリンチリン、とタイボク先生は風鈴を鳴らします。いくつもの音が一つのメロディを作っていきます。  フウリン森のお祭りは始まったばかりです。 ----- 20220729
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