Day30. 貼紙

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Day30. 貼紙

 ある里の外れにとても厳つい顔の男がいた。至って普通の男だったが、真顔が怖いと子供を泣かせ、笑顔が鬼のようだと大人から逃げられるほどだった。それで男はいつも帽子を深く被っていたのだが、それはそれで不審な男だということで里の人々を怖がらせてしまっていた。 「なら宣伝したまえよ」  と言うのは男の唯一の友人である。都会住まいの彼は朗らかな細顔が優男そのものだと女に人気なのだった。 「俺は元よりこのような顔なのです、とね」 「声をかけることすら難しいんだ。歩み寄っただけで怯えられてしまう」 「なら紙に書いてそこらに貼っておけば良い。町内掲示板のようなものがこの里にもあるだろう? そこに似顔絵と自己紹介文を貼っておけば良いのさ」 「何だか気恥ずかしいな」 「物は試しだよ」  男の友人はその器用さによって紙に男の似顔絵を描いた。 「君は常に眉をひそめているから、少し眉間を開かせよう。眉毛が太いのも原因かね。口を引き結んでいるのは印象がよろしくない、頬の肉が落ちているのは老いて見える。そういえば君は眉といい目といい鼻といい口といい、全ての部位がくっきりはっきりしすぎているのだ、やわらかな雰囲気を出すためにのっぺりさせようか。……よし、完成だ」 「おいおい、待て、待ってくれ。この顔は俺じゃない。別人だ」 「別人なものか。これが君さ。騙されたと思って、これを貼っておいでよ」  男は友人の言う通り、己に似ても似つかない似顔絵を里の掲示板に貼ってきた。己の名、年齢、好きな食べ物、そういったことを綿のような吹き出し線の中に書いたその紙を貼ってきた。  数日後、男は里の皆に声をかけられるようになった。それもそのはず、男はやはり帽子で顔を隠すようにしていたからである。「アンタ良い顔をしていたのだね、せっかくだから見せておくれよ」と言われようと、男は頑なに帽子を取らなかった。おかげで誰も貼紙を疑わなかったし、男の素直さと勤勉さとに誰もが気付いて里の仲間としてあたたかく迎え入れた。  男は常に里の人々に囲まれて過ごした。そして誰もが、男のことを面持ちの優しい男だと思っている。 ----- 20220801
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