Day5. 線香花火

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Day5. 線香花火

 親友が死んだというので、葬式に行った。その時棺の中に入れようとご家族が持ってきていた親友の私物のうち、一つだけを貰い受けた。  塩を被りもしないで自宅へと戻り、喪服のままベッドに倒れ込む。別段悲しい心地はしなかった。不思議と絶望感も喪失感もなかった。顔見知りでも友人でもなく「親友」と呼べる間柄だったというのに、自分でも驚くほど落ち着いていた。  ベッドに倒れ込んで数秒の後、仰向けになって天井へと手の中のものを掲げた。棺の中に入り親友だったものと一緒に炭になるはずだった、赤い花だった。  彼岸花。  まさかこれをドライフラワーにするやつが世の中にいるとは。少しだけ笑い声を上げてから、私はふと思い出した。  そういえば、今年はあの子と線香花火をする約束だったっけ。  大したことじゃない。流行りの恋愛ドラマの真似をしようというアレだ。侘び寂びめいた質素な火花のどこに青春があるのか、あるとしたらそれをどうぶち壊せるものか、試してみようというガサツな目論み。私達はいつまでもくだらなかった。  上体を起こす。彼岸花だけは変わらず下向きになって私の胴体を見下ろしている。ドライフラワーというと逆さ吊りになった花束が想像された。死体を吊って乾かしているような風景で、どうにもおぞましさが拭えなかったものだ。私と思考回路の似ていたあの子はというと逆にドライフラワーを好んでいた。 「……はは」  私は笑った。逆さ吊りになったカラカラの彼岸花を見て、笑った。  ――椀のような、ひっくり返った蜘蛛足のような赤い花は、こうして逆さにしてみれば線香花火のように見えたのだ。 「こりゃもう青春じゃあないね。しわっしわ」  私はひとしきり笑った。私だけではなく彼女もひとしきり笑ったことだろう。私達はよく似ていた。  私はドライフラワーを部屋に飾ることにした。もちろん、花を上に向かせてである。火種が落ちる心配もなければ手に火がかかることもないのだ、逆さまにして花として眺めたって別に良いだろう。  儚い風情の全くない大きな線香花火は、今、私の平凡な部屋で永遠の夏を咲かせている。 ----- 20220705
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