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ミドローグ
篠田は納見の話を、言葉ひとつひとつの意味を噛みしめながらしっかりと聞いた。
最初に驚いたのが、出雲のことだった。いつも溌剌として、機敏で、勝ち気なイメージの彼女から、抑うつや不安障害という病名は連想できなかった。
「俺はコロラドで、出雲から、今の話を聞いたんです」
「内容は本当なんだな」
篠田と納見はそろって彼女を見た。彼女は苛立ちながらも凛々しい表情で答えた。
「あの日、私が西口クリニックに行ったのは、本当です。午後から出社しました」
「アルフレックスの残高証明を俺に頼んだのも、あの日だったな。覚えてる。それに昼前に一度、出雲を見かけた気もする。あれはコロラドに出入りしてる頃だったのか」
タイムスリップ云々という部分は、篠田はまだ深く考えることを留保していた。
「篠田さん、私は確かに不眠気味だし体調悪いときもあるけど、頭は正常です。私、あの日、コロラドなんか行ってない。納見とも、そんな話はしてないんです」
篠田は言葉を失った。納見は、やれやれといった表情を浮かべていた。
「ずっとこうなんですよ。じゃあ俺はどうやって不眠の話を知ったっていうんだ」
「私には分からないよ、ストーカーでもしてたんじゃないの?」
「何のために」
「ちょっと待てよ出雲、じゃあ、どこから納見の話と食い違うんだ?」
「いえ、俺はさっきの話を出雲から聞いたと言っただけです。俺が言ったわけじゃない」
納見が先に答えた。
「例えば午後から出勤してきた出雲と、駐車場で会ったなんてことはないし」
「それは私も同じだよ」
「俺はその頃、コロラドでお前と話してたからな」
「それもない。私は夕方まで、あんたとなんか会ってないもん」
篠田はワケが分からなくなった。とにかく今は、出雲の話を聞くのが先だと思った。そしてほんの少し、二人の話に純粋な興味を抱いている自分も感じていた。
「話を戻していいか。野上さんを訪ねたあと、出雲はどうしたんだ?」
「私は、喫煙所に行きました。誰かいるかなって思って。でも私、そこで『光るもの』なんて見つけてない。私がドアを開けたときに、この人に声をかけられました」
出雲は納見を見た。彼は小さく頷いた。
「それは確かです。俺は出雲から聞いた話のとおりに、喫煙所へ行ってみたんです。もちろん話を信じたわけじゃないけど、きっとそこに来てると思って。そしたら案の定」
「なるほど……出雲がいたから声をかけたのか」
それから出雲は、男二人の顔を一瞥してから、話を始めた。
「私はあの日、午前休を使ってクリニック行って、午後出社して仕事終えて、喫煙所で納見と会って、ワケのわからない話をされた。それだけなんです。それ以上は何も」
篠田は黙って頷いた。納見は憮然とした表情だった。
「これは、そこで納見から聞いた話そのままです。私は、嘘はついていません」
出雲はこんな話をした。
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