0人が本棚に入れています
本棚に追加
「おばあちゃん、これにする!」
幼い私は、足元にある花を指さして、遠くにいるおばあちゃんに向かって叫ぶ。おばあちゃんは、「どれえ」と返しながらこちらまでのんびりと歩いてくる。
早く来てほしくて、私は彼女を急かす。
私のすぐそばまで来たおばあちゃんは、その場に屈み、そしてもともと細い目をさらに細めた。
「ああ、これは、スノードロップだねえ」
「スノードロップ?」
そうだよお、とおばあちゃんは頷き、何かを思い出すように体を揺らしながら説明してくれる。
「待雪草や、その仲間のことを言うんだよお。これが咲くってことは、もうすぐ春が来るねえ」
「そうなんだ……」
呟くように言った後、私はまじまじとスノードロップを眺めた。春の訪れを告げるスノードロップ。
寒い中でも凛として立っている茎からは、静かに燃える生命力を感じさせる。首を垂らしたその真っ白い花は、周りの雪も白いのに、その中でもなぜか映えた。
おばあちゃんがのんびりと言う。
「スノードロップを選ぶなんて、やっぱり美琴ちゃんは趣味がいいねえ。お母さんに似たんだねえ」
「おかーさんに似たってことは、おばあちゃんにも似たんだよ」
かつて、おかーさんよりもおばあちゃんの方が好きだった私は、そう訴える。でも、おばあちゃんは目を細めてかぶりを振った。
「いいやあ、お母さんとおばあちゃんは、似てないよお」
「なんで? 二人は親子でしょう?」
私がそう言うと、おばあちゃんは遥か遠くまで続く空を見つめながら、さっきまでよりも若干声のトーンを落として、
「だってお母さんは、おじいちゃんに似たんだからねえ」
次の瞬間、風が吹き抜けた。その風は一度では止まず、どんどん強くなって、私たちの間に吹き続ける。
まるで、私とおばあちゃんの間に境界線を引くように。
そして、私の隣にいるおばあちゃんが、次の一瞬で消える。
「おばあちゃん、どこ!?」
周りを見回すと、おばあちゃんは、風に吹かれて遠くに飛んで行ってしまっていた。あの軽い体だからーー。
「おばあちゃん!」
私は必死で呼びかける。けれど、そんな声など届かないかのように、おばあちゃんは薄く笑ったまま、見えなくなるほど遠くへ行ってしまう。
「おばーーちゃーーん!!」
風が去った広い庭に、私の声が虚しく響く。
「いなくなっちゃった……」
私は、自分の目から涙が零れ落ちているのを悟る。
「おばあちゃーん……」
小さく呟いた直後に視界がぼやけ、私は、もうこれに終わりが来ることを知る。
最初のコメントを投稿しよう!